誰でも「悟り」プロジェクト   意識の中心みいつけた!

やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

スポンサーサイト

-----(--)--時--分
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 |コメント:(-) |トラックバック:(-)


(60) 「悟り」からその後の体験 〔2〕 「在るもの」としての目覚め

10-27(木)22時30分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、「こちら」をご覧ください。




意識の定着が起こっても、

世界は何も変わりませんでした。

あいかわらず起こる出来事は

ほとんど変わらず起こりつづけました。




ただそれらを判断している自分 (思考) と、

それを見ている自分の両方が、

自分のなかに存在していました。




そして私は、思考 (判断) はたんなる思考であり、

起こる出来事とは関係がないことに気づきました。




出来事はただ起こり、去っていきます。

思考も、起こる出来事とおなじく、ただ起こり、去っていきます。

私は、それをただ見ています。

ただ見るものとしての視点が、誕生していました。




これが私の「悟り」のはじまりであり、

ここからようやく本当の人生がはじまったように感じています。




それ以前の人生は、

私以外の誰か (学んできたことや、経験してきたことや、それらによるプログラム) に

操られるゾンビ状態であったことが、よくわかります。




無意識に生きていたころの私は

世界に無意識に自分の信じている

常識を振りまき、押しつけ、

それを正義だと信じていました。




アジズ・クリストフは、三つの悟りがあると

『アジズとの対話』のなかで語っています(*1)

アジズはそれを「気づき」、「ビーイング」、「ハート」と呼んでいます。




この三つの悟りに関してわかってきたことを

私なりに解説させていただきたいと思います。




意識の定着とは「気づき」の悟りのことで、

私たちにとっての悟りの旅の基本になります。




「気づき」の悟りが最初の悟りであり、

その後の旅は、この「気づき」の悟りを得た「私」に起こっていきます。




この「気づき」の悟り―意識の定着―が起こるまでは

ある程度の努力が必要であることはすでにお話しました。

新しい習慣 (意識の思考を見つめるという機能) を

身につける (目覚めさせる) 必要があるからです。




「気づき」の悟りのあとに

「ビーイング」と「ハート」の悟りの扉が開かれていきます(*2)




「気づき」―意識の定着―を獲得すると

私たちはその状態を軸にして生きはじめます。

思考に翻弄されることはしだいに減っていき、

意識がはっきりと目覚めた状態で世界と関わります。




このおかげで、無意識に

自分の行動を選択することはしだいに減っていきます。




たとえば私たちは人と関わる場合、

無意識に相手の期待にそうように

つぎの自分の行動を選択することがあります。

これを悪用することも可能で、

そのようなことをおこなっている人たちが

存在していることも事実です。

他者暗示、洗脳、マインドコントロールなどです。




意識性が高まってくると、これらの影響を受けにくくなります。

これらの影響を受けることを可能にしているもの、

それは、私たちの無意識状態だからです。




人生の経験や学んできたこともおなじような働きをしています。

それが信念となると、私たちはその信念に制限された人生を生きることになります。




「気づき」の悟りを得ると私たちは、

意識性が高まるおかげで、これらの影響から離れ、

意識的な選択が私たちの人生をよりよく展開させていくことに

気づくようになります。




「気づき」が進展していくにしたがって私は、

思考とはたんなる思考であり、

起こる出来事とは関係がないことを理解していきました。




この体験が進むと「私」とは「ただ見る意識」であり、

「ただ見る意識」が「私」 (やがまみてるお) を通して

すべてを見ていることに気づいていきました。



しだいに私は、「私」 (やまがみてるお という自我) が

「ただ見る意識」 (悟り) を得たのではなく、

「ただ見る意識」 (宇宙・私たちの本質) が「私」 (やまがみてるお) を通して

生きていることに気づいていきました。




同時に私は「私」 (やまがみてるお) を通して生きていました。




「私」 (自我の私、やまがみてるお) は、悟りが達成されたのだから、

「私」の願望は実現するはずだと信じていました。




願望が実現することを信じて、いくつかの新しい挑戦をしました。

けれどもそれは起こりませんでした。




どうして、悟りを達成したのに「私」の願望は実現しないのでしょうか?




いまから思うとそれは「私」の願望だったからです。




「私」が「ただ見る意識」 (悟り) を獲得したのではありません。

「ただ見る意識」 (私たちの本質) が、「私」を通して生きているのです。

悟りは、それを教えてくれました。




それはつまり「大いなる存在」が

「私」を通して「大いなる存在」の目的を生きているということです。

この理解は究極的には「大いなる存在」だけが存在し

「私」 (自我) は存在しないということでした。




このとき、私のなかから「私」は消滅しました。

これが起こったのが、今年2011年4月のことです。




それ以後も、私は確かに存在しており、

やまがみてるおとして世界と関わっているのですが、

それ以前に感じていた私という感覚 (自我) は脱落して

ほとんど感じなくなっています。




その後、私はあるがままに抵抗しなくなりました。

これが「ビーイング」の悟りだと理解しています。

最初の悟り「気づき」から、2年半が経過していました。




「ビーイング」「在るもの」としての悟りが達成されると、

すべての出来事に抵抗しなくなりました。

すべてがあるがままであることを理解し、

それにゆだねる おだやかさのなかに生きていました。




「ビーイング」の悟りが進展していくにしたがって、

それまで「私」だと信じていたものの感覚がどんどんと希薄になっていき、

それに代わって、自分の本質とは「永遠・不変なるものである」という感覚に

自然に変わっていくという感覚でした。




「永遠なるもの」「不変なるもの」「唯一なるもの」「大いなる存在」が

「私」を通して生きているという感覚。

自己の本質は「不変の存在である」という理解。

けっして「変化することのない本質」への目覚め。

これによって私は完全なる信頼感、安心感を得ることができました。




けれどもその一方で、あるがままにただゆだねるだけでいいのなら、

何もしなくてもいいのではないかと感じます。

私もそう感じました。




何もしなくても、心は平安であり、幸福であり、平和です。

これこそが、悟りの本質か、とも思いましたが、

そうだとしたら、生まれてきた意味がないのではないか、という疑問が起こりました。




調べていくことによって、この状態は、

「冬の時間」と呼ばれているということがわかりました。

誰もがおちいる可能性のある、悟りの過程における「つまずきの石」だったのです。




これを救うものが「ハート」の悟りです。




(*1)アジズ・クリストフ+天野清貴著『アジズとの対話-魂の覚醒を求めて』アルテ、2003年、24ページ参照。
(*2)「気づき」の状態が悟りであり、その後「ビーイング」と「ハート」の悟りが開かれることがある。どちらが先か、それとも「気づき」の状態でとどまるか、その後、どちらか一方のみが開かれるか、それはそれぞれの魂のブループリントによるとアジズは書いています。前掲書26ページ参照。





精神世界ランキング  にほんブログ村  人気ブログランキング  FC2ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
スポンサーサイト


コメント:

本日のお話
とても心に響きました。
ありがとうございました☆ (^^)
2011/10/28(金) 04:49:57 |URL|ゆき #- [編集]
なるほど
『気づき』『ビーイング』『ハート』、

自分の中でも納得感があります。


やっぱり『意識の進化』って個別性を超えて、
本質的に共通するものがあるんでしょうね。
2011/10/28(金) 15:13:06 |URLYoShi@左脳系スピリチュアリスト #GGLe9ySY [編集]
Re: 本日のお話
いつも、コメントありがとうございます。

できるだけ悟りの価値を伝えることができるように、

これからもいい記事を書いていきたいと思います。
2011/10/28(金) 20:29:13 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Re: なるほど
ほんとうですね。

体験を言葉にすると、

どうしても微妙な差異が現れてきてしまうのでしょうが、

体験の本質は、みんなおなじなのでしょうね。
2011/10/28(金) 20:31:41 |URL|やまがみてるお #- [編集]

コメントの投稿

  • URL
  • コメント:
  • パスワード
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

トラックバック URL:http://oyamagamiteru.blog.fc2.com/tb.php/97-3dbe2019

TOP

template designed by honome

FC2Ad

プロフィール

やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

ぜひ、ご覧ください!

アクセスカウンター

カテゴリ

はじめての方へ―最初にお読みください (1)
応援ください (1)
日々感じたこと (56)
意識の中心―「ゼロ視点」 (19)
願望実現の真実 (31)
スピリチュアル (23)
自我―いつわりの自己 (88)
言葉・思考・概念のトリック (83)
「大いなる存在」につながる (9)
シンクロニシティ―「大いなるものの意図」 (5)
悟り―意識の目覚め (40)
いまここ―時間と空間の幻想 (13)
内なる声―感じる能力 (17)
癒し―感情からの解放 (25)
経済的豊かさについて (1)
常識の虚偽 (40)
記憶の糸 (1)
あるがままの受容 (14)
悟りの時代の訪れ (23)
スピリチュアル・エゴ (5)
私が人生で体験してきたこと (101)
悟りの誤解 (30)
エクササイズ (15)
まんが「悟り」プロジェクト (22)
「誰でも悟りプロジェクト」まとめ (13)
読者さんとの思考観察記録 (13)
著書 (1)
セミナー・ワークショップ・イベント (38)
動画 (2)
アート活動 (9)
お知らせ (6)
おすすめスピリチュアル・ティーチャー (14)
おすすめブログ (0)
ご縁 (1)
絵本の力 (1)
コメント欄の質問への答え (22)
「誰でも悟りプロジェクト」復習 (4)
メディア出演 (10)
真実を知っている視点 (8)
悟りへの3つのアプローチ (8)
邪悪への対処法 (3)
エゴ消滅のプロセス (18)
能力の目覚め (6)
自分の人生を生きる (10)
自責と他責 (6)
悟りの全体像 (23)

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

記事ランキング

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

↓Twitter やってます♪↓

検索フォーム

QRコード

QR

ランキングサイト

精神世界ランキング にほんブログ村 人気ブログランキング FC2ランキング  ブログ総合ガイドの Lisme 精神世界サイトランキングTOP100 blogram投票ボタン

↓↓↓お気に入りのブログ↓↓↓

このブログをリンクに追加する

私の悟りに一役を買った書籍

やまがみてるおの書籍は、以下のインターネット書店でもご購入いただけます。

ブックサービス

お仕事のご依頼

セミナー・ワークショップのご依頼、 執筆のご依頼は、 こちらからお願いいたします。           担当:原田

名前:
メール:
件名:
本文:

Copyright

Copyright(C)Teruo Yamagami 2011-2015 All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。