誰でも「悟り」プロジェクト   意識の中心みいつけた!

やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

スポンサーサイト

-----(--)--時--分
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 |コメント:(-) |トラックバック:(-)


(47) 意識の目覚めはまずは個人に起こります。そしてそれは一人、また一人と広がっています

09-29(木)22時40分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、 「こちら」 をご覧ください。




すべての生物が、それぞれの段階の意識性をもって生きています。

進化の過程の比較的現代に近い時期に登場した生物ほど

高い意識性 (ほとんどがまだ自我レベルですが) をもっています。




進化の最先端である私たち人間ですら、

現代、個人レベルにおいて意識の確立 (悟り) がしだいに達成されつつある段階です。




意識性が低く、ほとんど無意識状態であるということは、世界との未分離状態を意味します。

よって、世界と完全に同一化 (埋没) しています。




未分離 (埋没) 状態と悟り (統合状態) は、違うものです。

私たちは、世界そのものから生まれ (未分離) 、

世界から離れ (自我意識の目覚め、分離) 、

ふたたび世界へと還っていきます (自我意識の脱落、統合)。




意識性が低いこと (無意識であること) は、悪いことではありません。

発達の初期段階であるという意味です。

大人になった私たちは、発達の初期段階 (幼児期) を否定しません。 




自我意識が目覚めることによって、

私たちは独立した生きもの (行為するもの) として世界から分離します。

私たちはこうして自己の可能性を広げていきます。

自我意識 (思考レベル・思考との同一化状態) から意識が目覚めることによって、

自分とは世界そのものであることを思い出していきます。




私たちは現代、自己 (の本質) が世界そのものであることに

目覚めつつある時代を生きています。




意識の目覚めはまず先見的な感性をもった個人に起こります。

一人、また一人と、それはしだいに広がっています。

ある閾値に達すると、世界的 (集合意識) レベルでのパラダイムシフトが起こります。

数百年後の人類から見ると、現代 (二一世紀) こそが、

その転換点であったと観察されるでしょう。




進化の過程において、しだいに集合的自我意識の目覚めはじめた人類の祖先にも、

私たち一人ひとりの成長過程で起こったことと同じようなことが起こったと考えられます。

「〔46〕 これが、私たちの自我 〔幻想の私の記憶〕 の形成された過程です」参照)




自我意識が目覚め、世界に行為するものとして生きはじめた私たちの祖先は、

最初のうちは世界をただあるものとして認識したことでしょう。

ただそこにある世界に誕生した私たちの祖先は、

ただそこに生まれ、生活し、一生を終えていきました。




人類の祖先が言語を獲得して活用しはじめたのは、

およそ90万年まえであると考えられています(*1)




言葉は、最初コミュニケーションのための道具として発明されました。




最初のうちは危険を知らせあう暗号 (たんなる叫び声) だったかもしれませんが、

しだいに複雑なものへと発展していったことが想像されます。




その過程で、目にするものすべてに、名前とその意味を付与していきました。

自分たちのことや自然界にあるもの、また何かの合図や行為の説明の動詞など、

あらゆることに呼び名とその意味を付与していったことでしょう。




言葉は、すぐれたコミュニケーションの道具としておおいに重宝されたことでしょう。

けれども言葉とその意味を伝える人類全体の伝達ゲームは、

その伝達の過程のどこかで、

言葉とはそれの表すもの「それ自体」ではないという前提条件を

しだいに伝達し損なっていきました。




現代に生きる私たちは、言葉とそれのもつ意味をイコールで結び、

その言葉の表しているもの「それ自体」のもっている

真の意味と価値(*2)を、

言葉 (それ自体としては意味のない音・文字) に

与えた制限のある意味のなかに閉じこめてしまいました。




言葉を創造したことによって私たちは、思考の能力や記憶の能力を獲得しました。

けれども言葉には、真実の躍動を、文字とその文字のもつ意味のなかへと

押しこめてしまうという弊害がありました(*3)




現代の私たちは、この弊害に苦しんでいる状態にあります。




これで私たちがどうして、

言葉とそれのもつ制限された意味を盲目的に信じてしまっているのか、

その理由がわかっていただけたと思います。




(*1)Fischer, Steven Roger, A History of Language, Reaktion Books Ltd., 1999.
スティーブン・ロジャー・フィッシャー著『言葉の歴史』鈴木晶訳、研究社、2001年、60ページ参照。
(*2)宇宙に存在するすべてのものは、互いに密接に関連しあい決して分断することができない「唯一なる存在」です。医術は、私たちの体をメスを使ってさまざまなパーツにしてバラバラに分解することができます。けれども一度バラバラに分解された体は、ふたたび一つに縫い合わせたところで、けっしてもとには戻りません
(*3)言葉や、それによって得られた私たちの思考能力や記憶能力はすばらしいものです。けれども言葉の秘めているパラドクス (言葉は真実ではない) を理解せずに、言葉とそれのもっている意味をただたんに妄信することは、世界を命のないパーツの寄せ集めに還元してしまうことになることを認識しておく必要があります。




精神世界ランキング  にほんブログ村  人気ブログランキング  FC2ランキング 

このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事
スポンサーサイト


コメント:

素晴らしい!
未分離(埋没)状態と悟り(統合状態)の違いは、
ぼんやりと認識してはいましたが、この記事を
読んで、言語レベルでも腑に落ちました。

『言葉』というものへの理解もより深まった気がします。
どうもありがとうございます^-^ 
2011/09/29(木) 23:57:16 |URLYoshi@左脳系スピリチュアリスト #GGLe9ySY [編集]
Re: 素晴らしい!
Yoshi@左脳系スピリチュアリストさんにそう言ってもらえると、うれしいです。

未分離状態と統合状態を同じものととらえてしまうと、

どうして分離が起こるのかが、理解できなくなってしまいますものね。

いつも訪問、ありがとうございます。
2011/09/30(金) 21:04:12 |URL|やまがみてるお #- [編集]
媒体ではなく意思
こんにちは。更新ありがとうございます。
過去の記事を少しづつ読ませて頂いて、やまがみさんが本当に表現したいミディアムは絵本ではなかったというお話しで、いろいろ感じることがありました。

私はつい最近まで細々と二年くらいブログを作って大好きな聖賢の言葉や、禅にまつわるエピソードなんかの他、個人的な気付きなんかを書いていました。その時にも言葉で表現することのディレンマがあり、ネットを通じてお友達になった人々との関係がちょっと辛いものになってきたこともあり、ある日思い付いて全部消去してしまいました。結構面白かった内容もあったと思ったので以前同じような衝動に駆られた時は思い止まったんですか…。

言葉だけじゃなく、ネットっていう媒体にも実は前から抵抗があって、心の何処かでオタクとかリアルがむっちゃいけてないルーザーみたいなイメージが消えずに自分の中で葛藤してたんですが、阿部さんのブログを発見したのは物凄くラッキーだったし、そこから、やまがみさんやYoshiさんのように素晴らしいブロガーの方々に出会え、たくさんの学びがありました。

それに気付いた今ようやく、言葉とかネットとか媒体が問題なのではなく、それらを使う意思が問題だったことがわかりました。ある物質が使い方によって薬にも毒にもなるのと同じなんですね。

師もよく、「実際の言葉そのままではなく、それらが向けられた方法を知ろうと心がけなさい」というようなことを仰られていました。師は言葉は何かを表現するのではなく、その何かがある場所の方向を示すために使うからだとも。

毎回長文で失礼しました^^;。
それではこれから瞑想してきます。
次のお話しも楽しみにしております。
2011/09/30(金) 23:07:34 |URL|ゆき #- [編集]
Re: 媒体ではなく意思
ゆきさんも、ブログで情報発信をされていたんですね。
読んでみたかったです。

ゆきさんの師の言葉

「実際の言葉そのままではなく、それらが向けられた方法を知ろうと心がけなさい」

「言葉は何かを表現するのではなく、その何かがある場所の方向を示すために使うからだ」

は私がいま伝えようとしていること(言葉は真実ではない)と、同じことを言っているのだと思います。
2011/10/01(土) 19:25:50 |URL|やまがみてるお #- [編集]

コメントの投稿

  • URL
  • コメント:
  • パスワード
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

トラックバック URL:http://oyamagamiteru.blog.fc2.com/tb.php/77-fb984181

TOP

template designed by honome

FC2Ad

プロフィール

やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

ぜひ、ご覧ください!

アクセスカウンター

カテゴリ

はじめての方へ―最初にお読みください (1)
応援ください (1)
日々感じたこと (56)
意識の中心―「ゼロ視点」 (19)
願望実現の真実 (31)
スピリチュアル (23)
自我―いつわりの自己 (88)
言葉・思考・概念のトリック (83)
「大いなる存在」につながる (9)
シンクロニシティ―「大いなるものの意図」 (5)
悟り―意識の目覚め (40)
いまここ―時間と空間の幻想 (13)
内なる声―感じる能力 (17)
癒し―感情からの解放 (25)
経済的豊かさについて (1)
常識の虚偽 (40)
記憶の糸 (1)
あるがままの受容 (14)
悟りの時代の訪れ (23)
スピリチュアル・エゴ (5)
私が人生で体験してきたこと (101)
悟りの誤解 (30)
エクササイズ (15)
まんが「悟り」プロジェクト (22)
「誰でも悟りプロジェクト」まとめ (13)
読者さんとの思考観察記録 (13)
著書 (1)
セミナー・ワークショップ・イベント (38)
動画 (2)
アート活動 (9)
お知らせ (6)
おすすめスピリチュアル・ティーチャー (14)
おすすめブログ (0)
ご縁 (1)
絵本の力 (1)
コメント欄の質問への答え (22)
「誰でも悟りプロジェクト」復習 (4)
メディア出演 (10)
真実を知っている視点 (8)
悟りへの3つのアプローチ (8)
邪悪への対処法 (3)
エゴ消滅のプロセス (18)
能力の目覚め (6)
自分の人生を生きる (10)
自責と他責 (6)
悟りの全体像 (23)

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

記事ランキング

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

↓Twitter やってます♪↓

検索フォーム

QRコード

QR

ランキングサイト

精神世界ランキング にほんブログ村 人気ブログランキング FC2ランキング  ブログ総合ガイドの Lisme 精神世界サイトランキングTOP100 blogram投票ボタン

↓↓↓お気に入りのブログ↓↓↓

このブログをリンクに追加する

私の悟りに一役を買った書籍

やまがみてるおの書籍は、以下のインターネット書店でもご購入いただけます。

ブックサービス

お仕事のご依頼

セミナー・ワークショップのご依頼、 執筆のご依頼は、 こちらからお願いいたします。           担当:原田

名前:
メール:
件名:
本文:

Copyright

Copyright(C)Teruo Yamagami 2011-2015 All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。