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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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私たちは、悟りに対して何ができるのか?

02-24(月)10時05分
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コメント欄へ書き込みくださっているみなさま、

いつも、ありがとうございます。




感謝しながら、すべて読ませていただいています。




以下、お二人の方のご質問に

お答えさせていただきたいと思います。




daredaさんと光造さんのご質問は、

同じところから、起こっていると思います。




*****




daredaさんの質問




自我をただ観察すればよいという言い方と、

自我もまた愛するものなのだという言い方もあり、

ここもいつも引っかかるところなのですが、解説していただければうれしいです。




*****




光造さんの質問




やまがみさんは悟るために思考の観察を進めていますが、

思考を観察するだけで悟ることが出来るのでしょうか。




覚醒者(ラマナマハルシなど)はグル(覚醒者)とともにいて

恩寵が無ければ悟ることは出来ないと言っています。




また、ある覚醒者は貴方は悟ることが出来ません、

なぜなら分離した個人としての「私」は

存在したことがないのだからとも言っています。




そうするといくら分離した個人としての私が思考を観察しても、

悟ることはできなのではないかと思ってします。




でも、これも思考だと言われればその通りなのですが・・・・・。




*****




私は、ここで光造さんが例にあげられているうちの、




「ある覚醒者は貴方は悟ることが出来ません、

なぜなら分離した個人としての『私』は

存在したことがないのだから」派です。




悟りとは、自分と思っていた部分(自我)が死んでいくことです。

個人的意識が、消滅した状態です。




自分と思っていた部分が死に、「自分がいなくなること」、

「いなくなっている状態」です。




ですから、個人的意識が人生の舵取りを手ばなさないかぎり、

悟りではありません。




「自分がいなくなっている状態」とは、

どういう状態か想像できますでしょうか?




「自分がいない」のですから、

どのようなことにも、抵抗していません。




以上を踏まえていただきますと、

daredaさんの疑問、

自我に対して、私たちには何ができるのか?

もしくはできないのか、のための示唆が得られるのではと思います。




私たちの自我との向き合い方は、

「自我をただ観察すればよい」のか、

それとも、「自我もまた愛するものなの」か?

それとも、もっと別の接し方がいいのか?




悟りとは、自分がいなくなった状態です。




ですから、

自分がいなくなっている状態を目指しているのですから、

基本は、何もできることはない、です。

(自分がいない状態を目指しているのに、自分のことをいうことはできません)




「何もできることはない」それなのに「思考観察」を

すすめるのは矛盾しているように感じられるかもしれません。




この答えは、私たちは、なぜ「思考観察」をするのか?

その目的をわかっていただけたら、

それをおすすめしている理由がわかっていただけると思います。




そのまえに私の体験をお話させていただきます。

しばらく、おつきあいください。




私の体験からお話できることは、

私には、自我に対して、できることは何もありませんでした。




というのも、何かができると思っているかぎり、

それを思っているのは自我であるがゆえ、

それが自我を持続させることになったからです。




そうとはいっても、この事実(自我の狡猾な隠れ蓑)は、

なかなか理解されませんでした。




つまり、長くいろいろなことを試して、

自我に働きかけることで、自我を存続させたということです。




こういうことを続けると、やがて疲れ果てます。

追求し尽すと、ついにあきらめるときがくるわけです。




こうして、ついにあきらめるときがくると、

ようやく私は理解しました。




私には、できることは何もない。

(「すべてはあるがままだ!」)




自我も、あるがままに受け入れられはじめました。




これがきっかけとなり、その後、自我の力が弱まりはじめたのを感じました。




けれども、いまから振り返ると、

自我の力が弱まりはじめたときに、

自我の死を促進するために、

助けになったことが一つあります。




それが、真摯に真実を観察することでした。

(これが「思考観察」の目的です)




「自我を観察すること」ではありません。

「真実を観察すること」でした。

(そのなかには、それに対する思考の抵抗、反応も含まれます)




ここで観察した「真実」とは「じつは自分はいなかった?」です。




あとで例にあげるような質問をとおして、

私は、つねに自分がいるのかいないのかを、

自分に問いながら、真実を見つめました。




さまざまな問いを立てて、

自分に自由意志があるか確認していきました。

自分に、自由意志がないのだとしたら、

自分は存在しているといえるのだろうか?

それとも、自分がただの「起こり」だとしたら、

私という個人(自我)はじつは存在していないのかもしれない、というものです。




私に効果のあった問いの例は、以下のものです。




・私は、自分の誕生日を選ぶことはできたか?

・私は、自分の家族を選ぶことはできたか?

・私は、生まれてくる場所(国、地域)を選ぶことはできたか?

・私は、生まれてくる時代を選ぶことはできたか?

・私は、出会う友だちを選ぶことはできたか?

・私は、自分の死ぬ瞬間を選ぶことはできるだろうか?




私は、両親を亡くしていましたので、以下の質問もしました。

・私の父は、自分の死ぬときを、自分で選ぶことはできただろうか?

・私の母は、自分の死ぬときを、自分で選ぶことはできただろうか?




ほとんどの質問の答えが、自分が存在していないことを示唆しました。

両親の質問は、私以外の人も同じであることを私に示唆しました。




毎日、毎日、私はこれをくり返しました。




やがて、自分(の意思、自我)はもともといなかったのだ、

と強く感じるようになっていきました。




自我に対してできることは何もありません。

自我が死ぬのもあるがままだからです。

悟りに対してできることは何もありません。

悟りが起こるのもあるがままだからです。




けれども、それを踏まえたうえで、

これらの質問を自分に問うことは、

自我を弱めるための効果のある質問だと思います。




「思考観察」は、思考(意見や主張)からはなれて、

それに気づいている自分が存在しており、その自分は、

思考の内容(自分の意見や主張、自分はいる)には左右されないことを、

体験的に把握していくための方法です。




恐ろしいのは、

自我は、ほうっておくと自分を強化する力をもっていますので、

いつまでも、私たちを無意識に「自分はいる」状態に導く方法を知っていることです。




何か嫌なこと(嫌だという意見や主張)が起こると、

「こんなことが、私に起こるなんて、ゆるせない!」

ほら、確かにそう感じている自分がいるでしょ?

という具合です。




ですから「思考観察」をするから、悟れるのではありません。




「思考観察」をしても、そのほかの何をしても、悟れない、

けれども、ほうっておくと、自我は強化されていきます。

そこで、自我を弱めるためには、何ができるのか?

自分がいないを、毎日確認するために思考(自分)を観察して、

真実(自分はいない)と比較してください、と私はおすすめしています。




思考はさまざまなことをいって、「私はいる」を主張するでしょう。

でも、ほんとうに、そうですか?

その私は、自分の人生を本当に、自分ではじめましたか?

人生で起こることを、ずっと操作できてきましたか?

もしかしたら、ずっとただ「あるがまま」だったのではありませんか?




最後に、悟るためにグルとともにいる必要はあるか? ですが、

私の意見では、それは必要ありません。

世界で一番最初に悟ったグルは、グルとともにいませんでしたでしょう。




けれども、覚醒者に近づくことで、覚醒者の波動を、波動的に受け取り、

「私はいない」につながれる人も、少数はいるとは思いますが・・・。




けれども、多くの人の場合は、

そんなに単純にはことは起こらないのではないかと思います。




自我は悟りたくありません。

「自分は、自分がいなかったなんて気づきたくありません!」

ずっと、自分がいると思い、それを守って生きてきたのですから。




自我(自分)は悟りたくない(自分はいなかったと思いたくない)ので、

悟れない理由を見つけることが、非常に上手なものです。

「グルが近くにいないから、悟れない!」

でもこれの本音は、「私はいない」には意識を向けたくない! なのです。

この真実は狡猾に無視されるでしょうが。




自我は、このように、

たくさんの「いまはまだ」悟れない理由を、

つくりだすプロです。




私たちは「自分の意志で悟ることはできません」が、

悟りの状態を探して体験することはできます。




見つけることのできる悟りの状態とは

「自分がもともと存在しなかったことを観察すること」です。




でも、向き合うのが嫌だったら、これも無視されますが。




多くの人が、これに向き合う準備がまだ整っていないのも、また事実です。




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コメント:

詳細なご返答ありがとうございます
やまがみさんの 「「いまここ」にさとりを選択する生きかた―21世紀のさとり読本」を読ませていただいた時は分かったつもりいたのですが、
やまがみさんの体験を通しての説明でとてもよくわかりました。
本当に思考を観察するというのは難しいですね。

ところで、やまがみさんが「私はいない」と気付いたとき、何がそれに気付いたのでしょうか。
私が居なかったのなら、気付いたのは私ではないですよね。
その時思考はどうだったのでしょうか?

というのは、覚醒者や覚醒体験した人もやまがみさんと同じように「私(分離した個人の)はいなかった」と言われますね。
そのとき、それに気付くのは誰なのでしょうか。
普段、私と感じている表現できない感覚が有ります(思考なのか、エゴなのか、感情なのかよくわかりません、それらとも違うような気もしているのですが)、その私が居なくなって全く新しい私(真我、大いなる自分等と言われている)が現れるのでしょうか、
それとも普段感じている私が、ああ私は全てなんだと築くのでしょうか。

なんども質問してすんみません。
2014/02/24(月) 20:31:43 |URL|光造 #- [編集]

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Author:やまがみてるお
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子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
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楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
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