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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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すべての道は、スピリチュアルに通ず

05-31(金)13時31分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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はじめてお越しの方は、「こちら」を見てね。




2013年5月26日『「さとり意識」発見ワークショップ』を

無事、終了することができました。




ご参加くださいましたみなさま、

楽しい時間をいっしょにすごさせていただき、

本当にありがとうございました。




ほんの少しでも、

目覚めのきっかけになることができましたら、幸いです。




*******




最近、私はとくに、

「すべては、スピリチュアルである」と

感じるようになってきました。




自分の人生で経験してきたすべての体験をとおして、

私は「いまここ」に導かれていたのだと感じています。




ですから、よく語られることですが、

ふりかえってみて、不必要なものは、何もありませんし、

そのどれかが欠けても、「いまここ」の自分は、

まだ達成されていない 可能性があることがわかります。




それらの体験は私を、

ときには悩ませ、苦しめ、困らせ、考えさせ、

ひどい場合には、無理やりに進ませ、

自我―すなわち「それまでの経験のすべてをとおして、

自分だと感じている思考や概念の部分」―には理解できない可能性へと

導いてくれていたのだと感じています。




人生が進展して、

それらの意味が一つにつながるところまでくると、

人生には不必要なものは何もなかったということが

はっきりとわかってきますので、

ほかの人にとっても、これが働いていることがわかり、

すべてを信頼することができるようになってきました。




「いまここ」に生きるすべての人が、

その人にとって、それは、つまり社会にとって、

さらには、宇宙全体にとって、必要なことを体験していると感じます。




私は、幼児期には、積み木遊びをしてすごしていましたし、

それから少し成長したころには、どろんこ遊びをしました。




思春期あたりから、たばこを吸いはじめていましたし、

パチンコもしましたし、競馬もしました。

投資で失敗したこともあります。




少しくらい(ほんとうに少しかどうかは、ご想像におまかせします)は、

悪いこともしました。




自分の人生をふりかえったときに、

これらのこともすべて、必要なことであったと感じますので、

ほかの人にとっても、同じようなことが起こっているのだと感じます。




親が、自分の子どもが、

積み木遊びやどろんこ遊びをしているところを見て、

「幼稚だ」なんて思いませんよね。




通常、親は、自分の子どもが、

そのとき、積み木遊びをしていたら、

もしくはどろんこ遊びをしていたら、

個人差はあるでしょうが、時間と気持ちのゆるす限り、

そのままにしておいてあげることでしょう。




すべてがスピリチュアルであることがわかってくると、

あらゆるものに対して、

操作性や操作願望は必要がなくなってくるでしょう。




「すべての道は、スピリチュアルに通ず」




自分の体験も、

ほかの人が体験していることも、すべて―




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コメント:

待ってたのは、大丈夫だった。
とかく、未来を案じ準備をするのもいいのですが、取り越し苦労がほとんどですね。

大丈夫が待っているんですね(笑)

小さな例ですが、ペペロンチーノが食べたいと歩き始めます。

途中で諦めて他のものでいいかあ?とぶれます。

もちろん、他のものでもいいです。

今日は歩き続けました。

すると、鳥のミンチと万願寺ろうがらしのペペロンチーノ。

具はこうなりました。

これがお任せの愉しみでもありますね。
2013/05/31(金) 13:59:15 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
Green bird さんへ
> とかく、未来を案じ準備をするのもいいのですが、取り越し苦労がほとんどですね。

ほんとうですよね。

自我は「予定が狂った!」といって騒ぎたいようですが(笑)


昨日、私も公園を散歩している最中に雨に合い、屋根のある場所で雨宿りをしました。

その場所でゆっくりしようと覚悟を決めて、近くの探検をはじめると、横の建物で、その公園で見られる鳥の写真展が開催されていました。

その展覧会を見てのんびりすごしていると、そこの管理をしておられた方に声をかけていただき、鳥の写真を一枚いただいたり、のんびりと公園にいる鳥についてお話いただくことができ、とっても充実した時間をすごさせていただくことができました。

展示を一通り見終わり、建物を出ると、雨はあがっていました。

おまかせには不思議がいっぱいですね!

自我が強く、気持ちに余裕のないときには、任せられなかったりするのですがね(笑)
2013/05/31(金) 14:24:00 |URL|やまがみてるお #- [編集]
共時性
きょう、きょうとで、お寺でヨーガに参加したら、まさにこの話。びっくり(笑)大いなる導きに、そして自らに感謝。
2013/05/31(金) 18:46:41 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
Green birdさんへ
そうなんですね!

私も、すべてに、感謝♪
2013/05/31(金) 19:17:59 |URL|やまがみてるお #- [編集]
思考のボリューム
プレーヤーのように内面のボリュームを下げてみました。気持ち小さくなりましたが、この視点、別の手段ありますか?
2013/05/31(金) 23:24:51 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
Green bird さんへ
> プレーヤーのように内面のボリュームを下げてみました。気持ち小さくなりましたが、この視点、別の手段ありますか?

ボリュームを下げても、思考は起こり続けます。

ただ気づき、これが信じるに値しないことを意識し続けていくことで、思考はしだいに私たちをコントロールする力を失っていき、やがてついに、私たちはつねに、思考は信じる必要ないとわかるようになります。

ボリュームの問題ではなく、チューニングの問題だと思います。

信じるチューニングと、聞き流すチューニング。
2013/06/04(火) 14:55:34 |URL|やまがみてるお #- [編集]
さとり意識ワークショップに参加して
2013年5月26日『「さとり意識」発見ワークショップ』に参加させていただきました。
ワークショップにありがちな『講師の方は特別な存在である』という感じは全くなくて、
どんな質問でも丁寧でわかりやすくお答え下さり、
辛い人、苦しんでいる人を助けたい!と言うやまがみさんのお人柄が伝わって来ました。

いろいろなワークやお話しとても為になりました。良かったです!
本当にありがとうございました☆感謝します。
2013/06/04(火) 16:12:58 |URL|makiko #T7ql9qws [編集]
makikoさんへ
makikoさん、こんにちは。

5月26日は、ワークショップへのご参加、ご感想コメント、ありがとうございます!

たくさんの方にご参加いただき、本当にうれしく思っています。
その反面、一人ひとりの方とは、あまり深くお話するチャンスはありませんでしたが、
makikoさんをはじめ、参加くださったみなさまの目覚めの一助となることができましたら、うれしいかぎりです。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。
2013/06/04(火) 18:14:47 |URL|やまがみてるお #- [編集]
いまここに未だたどりつけず 
過去の後悔 未来への不安のなかで

日々暮らしており

いまここに未だたどりつけず、

とても「すべては、スピリチュアルである」と

思えません。

もう一度ご著書を読み直し

一から出直していきたく

思います。

いつか私も


「すべての道は、スピリチュアルに通ず」と

言えるようになりたく思います。 
2013/06/06(木) 09:22:29 |URL|kky #- [編集]
やまがみてるおさま、
こんにちは!

「すべての事には肯定的な理由がある」

おなじことだなぁ、と思いますが、

その瞬間はそうでないと思えるようなことも、すべてがそうである。

私がそれを事実として受け入れることができたことは、
本当に救いでした!

更新、楽しみにしています^^
ありがとうございます。
2013/06/07(金) 20:45:01 |URL|山ウサギ #- [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/06/07(金) 21:17:50 || # [編集]
kkyさんへ
私も、kkyさんとおなじように
「過去の後悔」と「未来への不安」、「抑圧した怒り、恐怖、不安、悲しみ」をもっていました。

けれども、このおかげで、それらからはなれられていると思っています。

人生とは、自我を築き、その後、解体する作業です。

「過去の後悔」と「未来への不安」、「抑圧した怒り、恐怖、不安、悲しみ」は、
自我への執着があるからこそ、起こっており、これこそが、自我の解体作業です。

思考と現実との関係を観察すると、
思考がいい悪いをいわなければ、世界にはいいことも悪いこともない、ということが観察されるかもしれません。
これが観察されると、思考(自我)にしばられることが、バカらしく感じられるかもしれません。

そうしたら、思考(自我)は自然に放棄されていきます。

ですから「過去の後悔」と「未来への不安」があることは、いい兆候だと私は思います。

自分のなかにある自我への執着を観察してみてください。


コメントへの返信が遅くなり、すみませんでした。
2013/06/13(木) 00:02:36 |URL|やまがみてるお #- [編集]
山ウサギさんへ
こんにちは。
コメントありがとうございます。

> その瞬間はそうでないと思えるようなことも、すべてがそうである。

しばらく時間が経過したあとで、振り返ってみてはじめてわかってくることもありますよね。

私たちには理解のできないことが、世界では進展しているのでしょうね。

それもまたよし、と思えると楽になれます!


コメントの返信が遅くなり、すみませんでした。
2013/06/13(木) 00:06:44 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Peaceさんへ
アジャシャンティさんは、いいですね。

否定性を感じないところがすてきだなと感じます。

Peaceさん、情報、参考にさせていただきます。


コメント返信、遅くなりすみませんでした。
2013/06/13(木) 00:12:19 |URL|やまがみてるお #- [編集]
人生とは、自我を築き、その後、解体する作業
やまがみてるおさま

ご返答頂きありがとうございました。

人生とは、自我を築き、その後、解体する作業ですね

もう一度ご著書を読み直し 一から出直していきたく 思います。

今後共ご指導お願い致します。

2013/06/13(木) 10:06:02 |URL|kky #- [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/06/13(木) 20:56:00 || # [編集]
kkyさんへ
こちらこそ、これからも、よろしくお願いします!
2013/06/14(金) 22:31:38 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Peaceさんへ
いつもありがとうございます。

自分のペースが乱れて、少し更新がつらくなっていましたので、
一度「ブログ更新しなければならないマインド(笑)」からはなれて、
マイペースに戻し、のんびり更新していきたいと思います。
2013/06/14(金) 22:39:50 |URL|やまがみてるお #- [編集]
感謝
今に感謝し今に生きる 今に感謝し今に生きる 今に感謝し今に生きる

苦しい体験をするほうが、早く悟れるとある方が

いわれてます。

感謝を、いついかなる時もできれば、すでに悟ってると思います。

ご縁をいただきありがとうございます!
2013/06/15(土) 15:35:18 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
Peace さんへ
> 苦しい体験をするほうが、早く悟れるとある方が
>
> いわれてます。

これ、私も同感ですが、どうせなら、苦しい思いなく、悟れるといいのにと思います。

> 感謝を、いついかなる時もできれば、すでに悟ってると思います。

無理やりではなく、ただあるがままに感謝が起こっているとき、悟りに状態にあるのですよね!
2013/06/15(土) 23:45:16 |URL|やまがみてるお #- [編集]
マスターゲートさん
悟る方法を1つにきめてしまう事が悟りから遠ざかる場合があります マスターゲートさんが人を引き付ける理由だと思います

しかし これは例えばの話です(笑)

ちなみに自分は悟りには興味はありません

人に興味があります(笑)
2013/06/16(日) 01:04:00 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/06/19(水) 12:43:20 || # [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/06/19(水) 12:44:24 || # [編集]
先日のワークショップはありがとうございました。
あれからまた色々と学ぶごとに、やはり女性の方が優れており、男性はこれから淘汰の時代に入ると私は考えておりますが、やまがみさんはこれからの男性と女性はどのように立場のみならず、豊かさ、精神面などで変化していくとお考えですか?
また、苦しみが悟りにとって重要な要素であり、私のような苦しみが足りない人間は悟りは絶対に体験できないものとこちらのコメントされ変化されてる方々を拝見しまして確信しておりますが、苦しみを一つの前提にするとやはりそこには苦しみを抜け出す者と押し潰され消えて行く者という二極化が存在するように思えます。
私にとってはこの肉体も意識も所詮はモルモットであり決められた範囲の体験しかできず、なおかつその体験はすでに決まっていると考えてもいます。
思考ですの一言で片付けられてしまうかも知れませんが、私にとってはこれが絶対的な真実なのだと常に頭の中でリフレインしてしまいます。
2013/06/21(金) 08:54:36 |URL|ラムダ #- [編集]
すいません。
感情に任せてつまらないことをコメントしました。
自分の中で「そうなれない理由」のようなものが自動的に降ってきて自身を呑みこんで行くような、そんな気分です。

「そらみろ、女性の方が優れてる。男のお前じゃ所詮無理なんだよ!」
「お前にヴィジョンも気力も思考観察も何一つできやしないのはお前が苦しみ足りないからだ!死ぬまで苦しまなきゃ出来の悪いお前には無理なんだよ!」
「そら、他の人はこうも変われてる。お前はどうだ?何か一つでも変わったか?不満の一つでも減ったか?何一つ変われやしなかっただろう。今までも、そしてこれからも!」
「できる人とできない人ってのは生まれながらに決まってるんだよ。いい加減、自分が後者だと諦めろよ。」
「人はあらかじめどんな人生を生きるか決めてくるんだ。お前は残念だが豊かさなんかを享受できるような人生設計何かされてきてないんだよ。」
「お前みたいな何の取り柄の無い人間に生きてる価値があるのか?何か一つでも成し遂げたか?ろくに人間関係も形成もできないような人間に何ができる?」
「いくら本読んだりワークやったってお前には無理なんだよ。継続したってなんらお前に効果をもたらさない。お前はそれだけ出来が悪いんだ。」
「お前は生きかたをそもそも間違えたんだよ。」

挙げたらキリがないくらいの自分に対しての叱責。
こんなんじゃ余計に疲弊するよな、とは思いつつも頭の壊れたレコードは同じ曲を流し続ける。
どうしてこうも物分かりが悪いのか、自分が信用できなくなっていきます。
自分はこんな程度でしかないのかと。

やはりどこかで間違えたのかと。
終わりの見えない迷路にずっとハマりこんだままですね。

下らないコメントで場を汚しました。
返信不要ですのでよろしくお願いします。
2013/06/21(金) 19:48:43 |URL|ラムダ #- [編集]
さとりを体験しました
はじめまして。
先日、やまがみてるおさんが出演されたスピリチュアルTVを見ました。

その中で「自分の目の奥に、自分を見つめる視点が存在する」と言われた瞬間に、さとりを体験することが出来ました。
そこには静寂がありました。

わたしには去年、もう乗り越えられない…何でいつも同じ繰り返しなんだ…と思うような出来事があって、その原因は何なのか探していました。

そしてやまがみさんの動画に辿り着きました。ずっと探していた答えがやっと見付かった、と思える様な体験でした。

やまがみさんの著書も読ませていただきました。まだ「体験の主体」が定着している状態ではないですが、意識すれば、ほんとうの自分になる事が出来るようになりました。

わたしも全ての道はスピリチュアルに通じているのだと思います。

お礼が言いたくてコメントしました。本当にありがとうございます。
2013/06/23(日) 01:48:32 |URL|ゆみこ #YH8bW6OI [編集]
無意識と無我の違い
やまがみさん、興味深いブログを立ち上げてくださってありがとうございます。ここ1,2週間のうちにほぼ全部読ませていただきました。

今回一つお尋ねしたかったのは、「夢中になる」状態についてやまがみさんが書かれていたことについてです。たしか、ゲームなどに熱中しているのは無意識であって、自我の影響下にある、というような内容だったと思うのですが、自分は、音楽を聴いてその世界に引き込まれたり、ピアノを集中して弾いたり、時間を忘れるほど絵の作成にはまるような状態は、過去や未来に関する思考が頭に浮かんでいないので自我がない状態かなと思っていたので、「?」となりました。「今ここ」とは関係ない思考や感情に翻弄されてはいなくても、やはりそれは無我や本質の状態とは違うものなのでしょうか?

また、少し関連しているのですが、散歩をしていて「今ここ」にある感覚(見えるもの、皮膚に感じるもの、匂いを感じるもの、など)を味わいながら歩いているときに感じる、「きれい!」「かわいい!」「気持ちいい!」「静かだなあ」「なんて美しいんだろう」「感謝」といったものは、たとえ「今ここ」に関するものであっても、言葉で浮かんでくる(表現される)以上は、やはり自我の思いなのでしょうか。つまり、真我やマハルシの言う「セルフ」というものは、感動したり美を喜ぶ(味わう)ことなどない無機質な存在ということでしょうか。
2013/06/23(日) 23:33:43 |URL|けいこ #mQop/nM. [編集]
独りでやろうとすることは同時に、「自分が」やろうとしているのと同じこと、なのかも知れませんね。
2013/06/27(木) 06:31:38 |URL|ラムダ #- [編集]
いずれにしても、始めの一歩は「自分が」踏み出すしかないという事ですね。
2013/06/27(木) 08:55:46 |URL|ラムダ #- [編集]
Peace さんへ
Peaceさんは、人に興味があるのですね。

世界はおもしろいですものね!
2013/06/27(木) 13:30:55 |URL|やまがみてるお #- [編集]
光龍さんへ
こんにちは。

> 理解できた理由、それは、そこには共通点があり、転用が可能だったからです。
> ○思考は、私は在るという感覚や想念へ
> ○観察は、知覚できるものへ
> ○気付くは、知覚できるものは私ではない(私はこれだの否定)へ

さまざまなマスターの使うことばは、それぞれちがっても、おなじことを語っているということが「わかる」ことが大切なのですよね。

けっきょく、必要なのは、ことばをとおして学ぶことではなく、それらをとおして体験することだと思います。

> >思考から自由になった上で、今度は自由な思考を得るんです。

それは、思考に気づいている視点で、思考から自由を獲得してはじまるのですものね。

ご報告、ありがとうございました!
2013/06/27(木) 14:04:54 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ラムダさんへ
こんにちは。

こちらこそ、ワークショップご参加、ありがとうございました!

男性性と女性性について私が感じていることは、どちらがすぐれているかではなく、バランスだと思っています。

男性のなかにも、女性性があり、女性のなかにも、男性性があります。
が、現代の私たちは、「男性らしく」や「女性らしく」という概念にしばられ、自分のなかに両方の性質があることを抑圧している可能性があるのではないかと思います。

これまでの数千年間、男性性が支配的であった時代がありましたが、これは人類に幸福をもたらしませんでした。この事実に気づきはじめた人たちが、女性性の復活を促進する必要性に気づき、それをおこなっているのだと思います。

けれどもこれは、男性が淘汰されるということではなく、現代ではバランスを欠くくらいに強くなっている男性性が減少するようにコントロールされ、男性のなかにも女性性が見つけられていくのだと思います。

苦しみについては、私はかならずしも必要なものではないと思っています。が、これが「悟り」のきっかけになりえますので、どうも苦しみが必要条件のように見える傾向があるのだと思っています。

苦しみを抜け出すものと、押しつぶされていくものが存在しているのは、チャンスを生かせたものと、このチャンスから逃避した(苦しみとは、思考との同一化によって起こるものであるため、これから脱した人と、思考の策略にだまされつづけた)人の違いなのでしょう。

> 私にとってはこの肉体も意識も所詮はモルモットであり決められた範囲の体験しかできず、なおかつその体験はすでに決まっていると考えてもいます。

さて、ラムダさんは、本当に、そう思っていますか?

もしも本当にそう思っているのだとしたら、自分のなかに起こる思考にも、そのまま、ゆだねてみてください。

以下の思考は、すでに決まっているから、ラムダさんに起こりました。

すでに決まっているものなのです。

**********

「そらみろ、女性の方が優れてる。男のお前じゃ所詮無理なんだよ!」
「お前にヴィジョンも気力も思考観察も何一つできやしないのはお前が苦しみ足りないからだ!死ぬまで苦しまなきゃ出来の悪いお前には無理なんだよ!」
「そら、他の人はこうも変われてる。お前はどうだ?何か一つでも変わったか?不満の一つでも減ったか?何一つ変われやしなかっただろう。今までも、そしてこれからも!」
「できる人とできない人ってのは生まれながらに決まってるんだよ。いい加減、自分が後者だと諦めろよ。」
「人はあらかじめどんな人生を生きるか決めてくるんだ。お前は残念だが豊かさなんかを享受できるような人生設計何かされてきてないんだよ。」
「お前みたいな何の取り柄の無い人間に生きてる価値があるのか?何か一つでも成し遂げたか?ろくに人間関係も形成もできないような人間に何ができる?」
「いくら本読んだりワークやったってお前には無理なんだよ。継続したってなんらお前に効果をもたらさない。お前はそれだけ出来が悪いんだ。」
「お前は生きかたをそもそも間違えたんだよ。」

挙げたらキリがないくらいの自分に対しての叱責。

**********

ただ起こる思考を、起こるがままに、それでいいと思っていますか?


「挙げたらキリがないくらいの自分に対しての叱責」

そんな叱責に対しても、最初から決まっていることなのですから、そのままに起こらせていますか?

思考が「無理なんだよ!」「諦めろ!」といったときに、最初から決まっていることなのですから、「無理であること」を受け入れ、本当に「諦め」ていますか?

「最初から決まっていること」といいながら、これらの思考に抵抗していませんか?
2013/06/27(木) 14:34:49 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ゆみこさんへ
はじめまして、うれしいご報告、ありがとうございます!

> その中で「自分の目の奥に、自分を見つめる視点が存在する」と言われた瞬間に、さとりを体験することが出来ました。
> そこには静寂がありました。

本当に、気づいている視点は、ただの静寂ですよね。

> やまがみさんの著書も読ませていただきました。まだ「体験の主体」が定着している状態ではないですが、意識すれば、ほんとうの自分になる事が出来るようになりました。

定着ということばにこだわらずに、ただ気づきつづけるように注意してくださいね。

そうすると、いつのまにか、「定着している」という状態になります。

「すべての道は、スピリチュアルに通ず!」
2013/06/27(木) 14:40:40 |URL|やまがみてるお #- [編集]
けいこさんへ
コメントありがとうございます。

けいこさんの感じられているとおりで、間違いありません。

私たちは、無意識に思考に同一化する習慣を身につけています。
このため、思考に同一化していても、気づきません。
思考の操作性は、私たちを偽り、奴隷化します。
このような状態のときの無意識の行動が、問題であることを忘れないように注意したうえで、

けいこさんがおっしゃられている、

> 音楽を聴いてその世界に引き込まれたり、ピアノを集中して弾いたり、時間を忘れるほど絵の作成にはまるような状態

こそが、私たちの本質であることを見抜くと、その人の人生は自然によりよく展開していくことを経験されるでしょうと、私は、お伝えしています。

> また、少し関連しているのですが、散歩をしていて「今ここ」にある感覚(見えるもの、皮膚に感じるもの、匂いを感じるもの、など)を味わいながら歩いているときに感じる、「きれい!」「かわいい!」「気持ちいい!」「静かだなあ」「なんて美しいんだろう」「感謝」といったものは、たとえ「今ここ」に関するものであっても、言葉で浮かんでくる(表現される)以上は、やはり自我の思いなのでしょうか。つまり、真我やマハルシの言う「セルフ」というものは、感動したり美を喜ぶ(味わう)ことなどない無機質な存在ということでしょうか。

「思考はウソをつく」ということを意識したうえで、心地よく「感じる」ことを選択することができるのなら、まちがいはないでしょう。

が、「思考はウソをつく」ため、私たちは、自分の「感じる」ことに鈍感になっている可能性があります。
「感じること」よりも「考えること」を優先するようになっている可能性があるということです。

この「思考(考えること)」よりも「感じること」を大切にして生きていくことの大切さをお伝えしています。

ここで語られている「セルフ」については、それが起こると、
それをこえた完全性だけが自分の真実であることがわかるため、
行為者―「私がしている」―という感覚が減少していきますので、
有限にしばられた部分の経験が希薄に感じられるようになります。

これを伝えるために、このように語られているのではないかと思いますが、
私たちは悟ったあとも、感動しますし、喜怒哀楽を純粋に体験します。

これこそが生の醍醐味であると思います。

感動もしますし、喜怒哀楽も体験しますが、それと同時に、
自分が永遠不変のあらわれであることも同時に生きられている状態です。
2013/06/27(木) 15:09:41 |URL|やまがみてるお #- [編集]
有難うございました
やまがみさんへ

今大切な時期の真っただ中にいらっしゃるんですね。私も定期的に経験してますが、これからいっそう軽やかなエネルギーになるための恵みの雨だと感じています。お互いに「あるがままですべて善し」、でゆっくり行きましょう!

今回、そんな中でとても丁寧に私の質問に答えていただき本当にありがとうございました。何度か繰り返して読ませていただきます。本当に知りたいこと・興味があることについてこうやって語り合える場所があること、このブログを始めてくださったやまがみさんにこうやってご縁がつながったことに、心から感謝します。

これからもどうぞ無理のないペースで活躍なさってくださいね。暑い日が続きますがどうぞご自愛下さい。
2013/06/29(土) 14:30:48 |URL|けいこ #mQop/nM. [編集]

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プロフィール

やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

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