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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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「あるがままにあり、あるがままに展開していくもの」を再確認する

04-22(月)11時29分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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はじめてお越しの方は、「こちら」を見てね。




「思考とは何か?」




これについて、お答えするために、

「現実とは何か?」を考えてみましょう。




現実とは、いったいなんでしょうか。




現実とは「いまここ」に、

じっさいに、私たちの目のまえにあらわれている「もの」(瞬間)です。




「いまここ」に、じっさいに私たちの目のまえにあらわれている「もの」、

この「瞬間」には、私たちの頭のなかにある

「意味」や「概念」や「約束事」は存在していません。




花を見て「それ」を「花」だと判断しているのは、

「私たちの頭のなかに、私とあなたのあいだで、

『それ』を花と呼びあいましょうという『約束事』が成立しているから」です。




いまそこ(想像上の場所)で、

じっさいに目のまえに咲いている「花」を「花」と認識しているのは、

宇宙のなかで、私とあなたの二人だけであり、

「いまここ」に、じっさいに私たちの目のまえにあらわれている、

この瞬間には、「花」という個別に分離した「もの」は、存在していません。




現実とは「いまここ」に、

じっさいに私たちの目のまえにあらわれている「もの」(瞬間)です。




目のまえの「花」を「花」と呼ぼうと、

そのほか何と呼ぼうと「いまここ」に、

じっさいに私たちの目のまえにあらわれている「もの」(瞬間)

―すなわち、現実―は、あるがままにあり、あるがままに展開していきます。




このように理論的に考えることで

「あるがまま」「起こるがまま」に展開していく「現実」と、

「思考」とは、イコールではないことがわかっていただけたと思いますが、

けれども、じっさいに自分の思考となると、そうはいきません。




なぜなら、子どものころから、私たちは、

「花」を「花」と呼び、それこそが真実であるという教育を受け、

これを盲信してきているからです。




ことばやその組み合わせによって作られる

「思考」(こそが、だけが)が真実であると信じ、

それを疑うことすらできなくなるくらいに、これと同一化しているからです。




このように、思考=現実ではありません。




そのうえ、さらに私たちは思考に

「自分の希望や願望」を投影し、

現実世界に戦いを申し立てているのです。




こうして、ついに最初の質問の答えがわかりました。




思考とは、現実―すなわち、あるがまま―に対する抵抗です。




さとりの状態になると、「あるがままにゆだねる」ことによって、

人生がよりよく展開していきます。




『「あるがままにゆだねる」ことによって』が、ポイントです。




「あるがままにゆだねる」ことはできていますか?




できていないと感じられたとしたら、それは、思考とともにある証拠です。




こういうとき、「思考観察」では、何を確認すればいいのでしょうか?




*Information*


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「意識化している自分」という定点を見つけることに重点をおいた、ワーク中心のワークショップになります。

◆大阪(2013年4月27日)

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コメント:

コメント返信ありがとうございます。

思考との同一化が著しいためか、頭で理解しようとしてしまいます。

どこか、頭で考えていればそのうち答えが出るかと思っているかのように。

頭ではなく、体感するものだと思うのですが、どうも言語化しようとする自分がいます。


言語化した時点で思考だと思うのですが。
2013/04/22(月) 13:13:58 |URL|ラムダ #- [編集]
ラムダさんへ
ラムダさん、お役に立つかどうか分かりませんが、私の感じた事を書きます。(^^)

ラムダさんは、思考を敵視していませんか?
何でもそうだと思うのですが、何かを敵視したり対立したりすると、ソレに気を取られると思います。

思考を気にして思考に抵抗すれば、結果、思考の事を考えてしまいます。
それは、私であっても同じです。(^^;)

思考を敵視して思考の存在に抵抗すれば、結果として、思考の事ばかりを考えている事になります。
でも、それは「観察」ではありません。

「観察」は、対象に対して何の操作も加えずに、物事の状態や変化を客観的に注意深く見ること。
と定義されています。

そしてこの「対象に対して何の操作も加えずに」というところが、人によっては難しく感じるのだと推測します。
何の操作も加えないという事は、そこに何の思いも込めずに、ただただ静かに観る必要が生じるからです。

やまがみさんの著書には「思考の観察」のエクササイズをする前に、深呼吸をして呼吸を整えたりする、前準備としての記述があります。
慣れてくれば必ずしも行う必要はないと思いますが、精神的に不安定であったり、思考の渦に巻き込まれてしまっている際などは、心を落ち着けるために行うと良いと思います。
(確か、ブログのどこかにも、その記述があったと記憶していますが…どこかは分かりません。^^;)

さすがに、他者さまのブログですので、自分の「思考の観察」の細かい所までは、コメントに記述してきませんでしたが。
もうどうしようもなく思考の嵐に巻き込まれていた時は、私も観察の前に、気持ちを落ち着けるために、自己流のリラックスの手法を使っていました。

「思考の事を考える」という事と「思考を観察する」の違いが何であるか。
そして、観察する前に深呼吸などをして呼吸を整える事。(身体を落ち着かせると、心もそれに連れて落ち着きます。)
私には、ラムダさんにはその二つが必要なのではないかと感じました。

それから、「思考の観察」の目的は、思考を観察する事ではないことを、お忘れになりません様に。(^^)
思考の存在ばかり気にしていると、ついつい、気付きの存在が疎かになってしまいますので。(^^;)

そして最後に、コメント欄には書いてきませんでしたが、思考に巻き込まれている最中は、それはそれは…
その内容を書けない程、ヒドイものでした。(笑)
だから、思考に巻き込まれてしまうのは、ラムダさんだけではありませんよ。
そこは、安心してください。(^^)

(本来は、4月20日の記事のコメントに対する内容なのですが、ラムダさんの最新のコメントがこちらの記事でしたので、ここに書かせていただきました。)
2013/04/22(月) 22:11:02 |URL|光龍 #- [編集]
素敵なシェアをありがとうございます。
Beingの方が、このブログを支えているのでね。
2013/04/22(月) 23:20:44 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ネガティブ
マインドのレベルでは否定的言語でしか表現できない
これを理解すれば悟りは早くなる
マハラジと平和(笑)
2013/04/23(火) 07:11:10 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
あと5分までに!という状況
いつも拝読し、勉強させて頂いてます。
不躾ながら二つ質問させて下さい。
あと5分で!というタイムリミットが迫る場合、どうやったら思考を観察し、今ここにいる事が出来るようになるのでしょうか?
あと5分!というのが、思考の作り出した幻想だと頭では理解出来るのですが、実際、観察や深呼吸している間にタイムリミットは来てしまい、結局遅刻してしまいそうです。しかしこの焦りがネガティブスイッチになっているのも感じており、何とかしたいといつも思っています。

また、少し話がずれますが、いつも頭の中で色んなメロディがグルグル回って止まらなくなります。皆さんご経験ある事と思いますが、これも思考と思って、頭の中を自由に流させ、それをラジオのように聞く、というスタンスを取れば良いのでしょうか。いつもメロディループをBGMに、さらに言葉でグルグル考えていてうるさいです。もしかしてメロディループと思考はセットなのかもしれません。
どなたかお教え頂ければ嬉しいです。
2013/04/23(火) 10:19:03 |URL|ポンタ #EBUSheBA [編集]
思考
思考には収縮させる怖れと拡張させる愛に大きくわかれます
思考の起きる場所には時間 距離 空間はなく空間はないスペースがあるだけです
それを空といいます
思考が収縮し閉じると思考のどうどうめぐりが始まります
愛と光を
2013/04/23(火) 12:42:04 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ポンタさんへ
私が返答していいのかどうか、迷うところですが。(^^;)
もし、何かの参考になればと思います。(あくまでも、参考程度です。)

ポンタさんの「思考の観察」の環境や状況が分かりませんので、ちょっと書きにくいですが。
タイムリミットの方は、遅刻と書かれているところから、出勤か通学の直前の話しだと思います。
でも、一日の内のその時間帯だけ「思考の観察」をしているわけではありませんよね?
どうなのでしょう。(^^;)

他の時間帯にも「思考の観察」をされているのでしたら、タイムリミットの焦りが出る時間帯は観察を避けて。
ちゃんと観察に慣れてから、思考の相手をする場数を踏んで、よしと自分で感じられたら、改めてその時間帯での観察をされてみたらいかがでしょうか。

そして、メロディのグルグルですが。
そのメロディがグルグルしているのを、もうすでにポンタさんは気付いていらっしゃるのですから。
「思考の観察」の足場を、その「気付き」へと移して、その気付きの立場から、メロディのグルグルを観てみてください。

別に、メロディを聞いてもいいのですが…(^^;)
所詮は、それも音というイメージに過ぎませんので、聞き惚れずに観ちゃいましょう。

ちなみに私は、「思考の観察」をしている最中は、「思考(=観察)」と「気付き(=気付く)」しかないものとして取り組んでいます。
(ただし、感情は別の対処方法なので、感情は除きます。)
ですので、脳内の映像や音や匂いもイメージという形態の思考だと見なしています。

「気付き」の立ち位置から思考を観ると、その思考は、おそらく数秒後には、どこかへ消えていると思います。
消えて行く思考を観るたびに、所詮、思考は現れては消えて行く(私ではない)存在なのだと実感します。
消えて行かずに巻き込まれている最中というのは、思考と同一化してしまい、思考を客観視できていない時なのですよね。(^^;)

こんな内容で、ポンタさんの質問に応えられているかどうか分かりませんが、応援します。(^^)
2013/04/23(火) 20:05:22 |URL|光龍 #- [編集]
ブログ
ラムダの脱・私考のすすめ

コメントしてあります
2013/04/23(火) 22:26:36 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ラムダさんへ
こんにちは。

そういうときには、なかなか、むずかしいかもしれませんが、

思考を完全無視して、「いまここ」を感じることができたら、

少し変化が起こるかもしれません。
2013/04/23(火) 23:57:34 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Peaceさんへ
こんにちは。

> マインドのレベルでは否定的言語でしか表現できない

そうかもしれませんね。

マインドは、つねに否定的態度で存在しています。

2013/04/24(水) 00:19:01 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ポンタさんへ
こんにちは。

> あと5分で!というタイムリミットが迫る場合、どうやったら思考を観察し、今ここにいる事が出来るようになるのでしょうか?

この場合は、思考観察というよりも、ただ「いまここ」でできることを全力でやるしかないですね。

けれども、思考観察自体が、これとおなじことをいっているのですけれどもね。

つねに思考はとやかくいいます。「あと5分で遅刻だとか」「いまこれをするべきか?」とか。

けれども、思考観察では、これら思考をすべて無視して、「いま」感じることに意識を向けて、感じるままを選びます。

「いま」思考は、「遅刻だとか、遅刻ではない」とかいうでしょうが、気にしません。とりあえず向かいます。向かって、目的地についたら、おこるがままの出来事が私たちを迎えてくれるでしょう。

> また、少し話がずれますが、いつも頭の中で色んなメロディがグルグル回って止まらなくなります。皆さんご経験ある事と思いますが、これも思考と思って、頭の中を自由に流させ、それをラジオのように聞く、というスタンスを取れば良いのでしょうか。いつもメロディループをBGMに、さらに言葉でグルグル考えていてうるさいです。もしかしてメロディループと思考はセットなのかもしれません。

ポンタさんにとっては、メロディループと思考はセットなのかもしれませんね。

ただいつまでも続いてうるさいでしょうし、つかれますよね。

メロディループと思考のどちらかに気づいたら、意識して、「聞いてやるから、話しなさい」と意識を集中してみてください。

意識を集中させて、頭の中を見ることができたら、「ノーマインド」になるのではないでしょうか。

集中を忘れると、また流れます。

そうしたら、また集中します。

そうして、集中する練習をしてみてください。
2013/04/24(水) 00:29:05 |URL|やまがみてるお #- [編集]
光龍さんへ
ポンタさんへのアドバイス、ありがとうございます。

> 他の時間帯にも「思考の観察」をされているのでしたら、タイムリミットの焦りが出る時間帯は観察を避けて。
> ちゃんと観察に慣れてから、思考の相手をする場数を踏んで、よしと自分で感じられたら、改めてその時間帯での観察をされてみたらいかがでしょうか。

思考観察は、その人にとって重要なものほど、手ごわくなりますものね。
私も思考の「ノー!」を疑うときには、そのようにお伝えさせていただいていますし、いいアドバイスだったと思います。

> ちなみに私は、「思考の観察」をしている最中は、「思考(=観察)」と「気付き(=気付く)」しかないものとして取り組んでいます。

気づいているか、否かですね。

読者さん同士で、思考を観察するアイデアを検討していただけるのも、いい思考錯誤ですよね。

こういうことのなかから、洗練されたものが見つかるかもしれませんね。
2013/04/24(水) 00:35:34 |URL|やまがみてるお #- [編集]
光龍さんへ
あたたかいコメントありがとうございます。
二児の母兼仕事をしています。上の子下の子、育児に家事とほぼ丸一日時間に追われ続けているのですが、特に朝はどうしても時間がない、先回りしてアレコレやらなければ、というグルグル思考に巻き込まれます。とりあえずそこは後回しにしました。日々先回り思考に乗っとられているのですね。
メロディループは少し距離を置いてみてみると、頭の中で黒い蛇のようなものがグルグル回ってるイメージでした。全然消えませんでしたが音量が少し下がったかな?皆さん頭の中にこんなのがいるんでしょうか。
もう少しこのスタンスに慣れて行きたいと思います。思い切ってコメントして良かったです。ジワジワ取り組む励みになりました!ありがとうございます。
2013/04/24(水) 08:34:57 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
やまがみてるお さんへ
お忙しい中、ご返信ありがとうございます!
先回り思考を無視し、今感じる事を感じてみますと、
そこには何もありませんでした。
空間、というか、要するに何も事件や懸案事項がなかったです。
そのままキープできずすぐ戻ってしまうので、こちら(空間)の方が幻想に思えます。現実に戻った後、向き合うのを猛烈に嫌がる居心地の悪さを感じました。時間がないのは事実ですが、空間はそれとは全く関係ないようでした。

メロディループは上述のように蛇のトグロのようでした。
集中して聞いてあげようとすると確かに止まります。
観察しているだけだと音量は下がりますがまだ回っています。「回っている」のを観察している事になるからでしょうか。
積極的に聞こうとすると一瞬止まります。こちらの方が集中力がいるのか、やはり強烈な居心地の悪さを感じます。
泡よくばそんな努力は忘れさせようとするエゴと、その居心地の悪さにめげずに粘ってやってみます。なかなか最初は精神力が要りますね(^^;;
気づかせて頂いてありがとうございます。
2013/04/24(水) 09:46:14 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
ポンタさんへ
こんにちは。

> 先回り思考を無視し、今感じる事を感じてみますと、
> そこには何もありませんでした。
> 空間、というか、要するに何も事件や懸案事項がなかったです。

それが、「いまここ」です。
けれども、私たちはすぐに思考のなかへと舞い戻ります。

> そのままキープできずすぐ戻ってしまうので、こちら(空間)の方が幻想に思えます。現実に戻った後、向き合うのを猛烈に嫌がる居心地の悪さを感じました。

思考とともに長く生きてきていますので、思考がこれに抵抗するようになってしまっています。

> 時間がないのは事実ですが、空間はそれとは全く関係ないようでした。

これをじっさいの自分の体験で確認し、これが確信になれば、自然にこれを選ぶようになっていきます。

> メロディループは上述のように蛇のトグロのようでした。
> 集中して聞いてあげようとすると確かに止まります。

集中すると消えますが、集中することをしません。

> 観察しているだけだと音量は下がりますがまだ回っています。「回っている」のを観察している事になるからでしょうか。

まわっているのを観察すると、それが続いていきます。

止めようとせず、内容を変えようとせず、その自由を尊重し、ただ意識して聞きます。

そうすると消えますので。

> 積極的に聞こうとすると一瞬止まります。こちらの方が集中力がいるのか、やはり強烈な居心地の悪さを感じます。
> 泡よくばそんな努力は忘れさせようとするエゴと、その居心地の悪さにめげずに粘ってやってみます。なかなか最初は精神力が要りますね(^^;;

これを自分で選ぶか、選ばないかです。
2013/04/24(水) 11:48:26 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ポンタさんへ
あと5分と焦っているときに、思考を観察することは難しいですよね。

気持ちが焦って、思考も焦って、体もあまり感じられず、空回りしてしまいますよね。

やまがみさんのお話しとは、ちょっとズレてしまうかもしれませんが、

そのような時には、胸の中心にあるハートセンターに、片手あるいは両手を安め、ゆっくりと深呼吸をするといいですよ。

ハートにつながり、体を感じることで、今、ここにくつろぐことができます。

ハートのスペースは、思考よりも大きいので、思考を観察することも楽にできるようになります。

また、これは私のクライアントさんの例なのですが、

結婚されていて、小学生と保育園のお子さんを育てながら、仕事もされている女性の方なのですが、

時間に遅れるかもしれないという状況に、とても反応してしまう方がいらっしゃいました。

その方のエネルギーを観させていただくと、時間に遅れたという過去の出来事についての感情が残っていました。

時間に遅れるかもというような状況がやって来ると、毎回その感情が活性化され余計に慌てていました。

そのような場合は、先に感情を癒すことが助けになります。

やまがみさんの本にも、やり方が書いてありますから。

それでも難しい場合は、ヒーリングを受けるのも助けになります。

前述の方は、今では、時間に遅れそうな状況でも、くつろいで、的確に行動できるようになっています。

2013/04/24(水) 11:48:34 |URLAmbho(アンボー) #UXr/yv2Y [編集]
やまがみてるお さんへ
自分で選ぶか、選ばないか、
「いまここにさとりを選択する生き方」というご著書のタイトル通りなのですね。
「いまここ」にいようとするのも、「より良い先回り案」を思い付けるよう、ご利益目的として思考で捉えていた気がします。
ご著書で仰っている内容が体感として少しだけ分かり、取っ掛かりができました。
ありがとうございます。
2013/04/24(水) 17:18:08 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
AMBHO さんへ
心臓に入るワークを本を見てやってみた事があり、確かにそこも深く呼吸出来るような空間でした。
「いまここ」の空間と心臓の空間は別なのですね。同じスピリチュアルで括られていますが、「いまここ」の話と、エネルギー的な話はリンクしているんですね。
先回り思考の原因を「思考」を使って分析すると、怒りと不安でした。
感情が「いまここ」にいるのを更に遠ざけるようです。
参考にさせて頂きます。ありがとうございます。
2013/04/24(水) 17:44:45 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
ポンタさんへ
ポンタさんへ

お返事ありがとうございます。

もしかしたら、既にご存知かも知れませんが、心臓とハートについて、簡単に説明をさせていただきますね。

心臓とハートは、同じではありません。

心臓は、体の一部です。
ちょっとしたことで緊張したり、震えたり、興奮してしまいます。


ハートというのは、エネルギーセンターです。
チャクラをご存知でしょうか?
ハートチャクラのことです。

ハートは、すべてをあるがままに受け入れることができるスペースです。

緊張したり、焦ったり、恐れたりといった感情も、そのまま受け入れることができます。

そして、ポンタさんがおっしゃるように、ハートにつながると深く呼吸できるようになります。

そして、今、ここに、くつろぐことができるようになります。


今、ここ、とハートのスペースは、同じです。

やまがみさんは、ハートという言葉をあまり使われてないようなので、ちょっと話が違ってしまうかもしれません、と表現しました。

怒りと不安といった感情は、私たちを外側へと向かわせてしまいます。

それだけでなく、思考を活性化させてしまいます。

なので、ポンタさんのおっしゃる通り、怒りと不安は、私たちを今、ここ、から遠ざけてしまいます。

そのような状況では、思考を観察することは難しくなってしまいます。


怒りと不安が活性化されていても、ハートのスペースにつながると、今、ここにくつろぐことができます。

そうなると、思考を観察することも楽にできるようになります。


もし、ハートがうまく感じられなかったり、ハートにつながっても怒りと不安とに影響されてしまう、

そんな風に感じるようでしたら、ハートが退化してしまっているような状態かもしれません。

そのような場合は、ハート瞑想がおすすめです。

「悟りのシンクロニシティ」という本の付録に、ハート瞑想のCDが付いています。
そのCDは、毎日聴くだけで、ハートが目覚め、強く、大きくなっていくので、とてもおすすめです。




2013/04/24(水) 21:35:11 |URL|Ambho #UXr/yv2Y [編集]
Ambho さんへ
思い切ってコメントを書いて本当に良かったです!
分からなかった事が色々リンクして分かってきました。

>心臓とハートは、同じではありません。
>今、ここ、とハートのスペースは、同じです。

やはりそうなんですね。
体感としてそうだと思っていました。納得です。

>怒りと不安といった感情は、私たちを外側へと向かわせてしまいます。
>それだけでなく、思考を活性化させてしまいます。

これも本当にそうだと思います。
「時間がない!ヤバい!」と思っている時、

目の玉は飛び出て、体は前につんのめり、
呼吸なんかすっかり忘れて思考がブンブン高回転します。

感情的には
怒り=
「私は本当はこんな事したくないのに
やらなければいけない」という怒り。
不安=
「私がのんびりするせいでだれかが失敗する、もしくは、誰かに責められるかもしれない」
という不安

に駆り立てられ、余計に
「いまここ」にいられなくなってるようです。

とりあえず今日一日で、朝の猛烈時間を過ぎた後、電車で目をつぶると「いまここ」の練習ができるようになってきました。
目を開けるとまた思考に戻ってしまいますが^ ^);

自分には大きな進歩です。
おすすめの本をamazonで購入してみました。
アドバイスありがとうございます。
2013/04/24(水) 23:09:19 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
ポンタさんへ
既にそう感じておられたのですね。
納得されてよかったです。

「時間がない!ヤバい!」

という時の様子、よく気づいておられますね。

感情が活性化されていて大変に感じるのは、

今、目の前に起きている出来事についての感情だけではないからです。

今、目の前に起きている出来事をきっかけとして、過去の未消化の感情が活性化されています。

なので大変に感じます。

その大変さが拍車をかけ、更に大変に感じています。

それを充分に感じてあげないと、未消化の感情がさらに増えてしまいます。

回を重ねるごとに雪だるま式に増えていきます。


ですが、感情が活性化される度に、ハートの愛とケアで優しく包み込んであげると、感情が癒され解放されていきます。

感情が活性化される出来事を、過去の未消化の感情から自由になるチャンスとして使うこともできます。

蓄積された過去の感情が癒されていくと、今、目の前に起きている出来事についての感情だけになります。

すると、ずいぶんと軽く感じられて驚きます。



朝の猛烈な時間が過ぎた後、電車の中で本の付録のハート瞑想を聴くのも助けになります。

iPodなどの小さなミュージックプレイヤーに取り込んで、持ち歩くのもいいですよ。


ポンタさんの怒りと不安については、感情と思考が混じりあっているようにも感じます。

そのような場合は、先に感情を感じてあげることが助けになります。

この辺りは、「悟りのシンクロニシティ」の四つ目のカギに書いてありますので、よろしければお試しください。


そして、感情から解放されていくに連れて、思考の観察も楽にできるようになります。


2013/04/25(木) 11:38:12 |URLAmbho #UXr/yv2Y [編集]
ポンタさんへ 補足です
補足ですが、感情と思考で大変な時でも、中心に入るとそこには、空・静けさ・静寂・平安・・・があります。

同時に表層には大変な感情があり、外側には大変な状況があります。


この両方に気づいて受け入れていないと、そのギャップにちょっと変な状態になってしまうかもしれません。

ハートにつながり、状況や感情をそのままに、意識を内側にも拡げていくとギャップに戸惑うことはなくなります。
2013/04/25(木) 11:57:02 |URL|Ambho #UXr/yv2Y [編集]
素晴らしい
ここ、読者通しのやりとりも、あるがままで素晴らしく成長してますね。ほんと、参考にさせてもらい、ありがたいです。
2013/04/26(金) 07:17:54 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
まとめさせてください
ありがとうございます。
荒らしのようで恐縮ですが、
自分に納得の行った範囲でまとめさせてください。

■あと5分、と焦る時・・・

今、思考がとやかく言ってる事は全部無視。
とにかく、今自分が感じている事を見てみる。

と、そこには何もない。
とりあえず、何もない空間だった。
その空間が「いま、ここ」。
「いま、ここ」はハートチャクラの空間らしい。

この空間に来るのは慣れてないので、
最初は居心地が悪い。
まずは、これを選択しようと思う事が肝。

さらに
あと5分と焦る時・・・
感情も活性化して「いま、ここ」にいるのを妨げている。

怒りと不安の感情があり、
怒りは表現されるのを、
不安は、向き合って感じ尽くされるのを待っている。

感情が活性化してしまう理由は、
過去の未消化の感情があるから。
雪だるま式に増えて蓄積されている。

感情を先に解放してあげるのも良い方法だ。
より楽に
「いま、ここ」に行けるし、
ハート=「いま、ここ」にいられれば、
感情に振り回されず、より楽に思考を観察できるだろう。

感情を解放するには
ハートの愛とケアで優しく包み込む。
(↑まだ体感できてないですが・・)

■ループが止まらない時

回っているのに気付いたら
「聞いてやるから、話しなさい」と意識してみる。

それは続いていくが、
止めようとせず、その自由を尊重し、
ただ意識して聞けばいつの間にか止まるだろう。

さらに、

止まっている事に気づいている
「自分という主体」をも意識してみれば、
「ノーマインド」の状態になる。らしい。
(↑まだ体感できてないですが・・)
2013/04/26(金) 09:38:33 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
小ネタ
今日は久々に京都から大阪に移動しました。
座っていきたいなあ、という思考から、始発駅から乗ろうか、時間が、あらやこれやおしゃべりがはじまりました。
そのまま特急に乗ったら、全席埋まっていました。先をみて乗り換えようかとか再度思考が回ります。そのうち思考にあわせて動かないことが正解、目の前の席が空きました(笑)。最初にちょっとこうしたいなあと思っただけです。
2013/04/26(金) 09:41:30 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
Ambho さんへ
ご親切にありがとうございます。
分かれば分かるほど
分からない事が出てきて切りがないですね。

ご迷惑かもしれません。
もしお時間がありましたら、で結構です。
やまがみ様にもあつかましく、すみません。

■どこかの本で、
「過去世を探ったり、過去のトラウマを
引っ張り出そうとすれば延々と見つかるだろう。

重要なのは『いま、ここ』にいる事だけだ。
『いま、ここ』にいれば、問題など無い事が分かる」

と、読んだ事があります。

「いま、ここ」の空間には
懸案事項が何もないのだから、
上記の内容は当然とも言えます。

過去の未解決の感情は、
確かに何度も現状に現れ、
「今ここ」にいる事を妨げると感じます。

過去のトラウマを掘り下げるな、
ただ『いま、ここ』を選択しよう
というのは、かなり乱暴な話なんでしょうか?

言葉でこねくり回してもしょうがないので、
とりあえず『いま、ここ』を選択しようとしています。


■先日知人の通夜があったのですが、
猛烈に感情を揺さぶるような事件が起きるとき、
「いま、ここ」にいよう!
と思って落ち着こうとすると、

今度は無感情のような、現実逃避しているような、
あきらかに「いま、ここ」の空間ではない、
ただの無感情状態になってしまいます。
「いま、ここ」を分かったようなフリをして
全然分かっていないような状態です。

これは↓のような状況、なのでしょうか?
>同時に表層には大変な感情があり、外側には大変な状況があります。
>この両方に気づいて受け入れていないと、そのギャップにちょっと変な状態になってしまうかもしれません。


それとも、ただ「いま、ここ」にいるやり方が間違ってしまっただけなのでしょうか?

終わりがなくなってしまうといけないので、
もうこれで質問はストップしておこうと思います。
やまがみ様、場を荒らして申し訳ありません。
2013/04/26(金) 10:48:02 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
回答(ブログの皆様)
短文3行以内の携帯からのメール、無料時間帯で10分以内で、ソフトバンク電話可能なら回答します。個人情報保護法は厳守してください。ー思考
2013/04/26(金) 23:28:34 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ラムダの脱・私考
ブログ ラムダの脱・思考よかったらみてみてくだされば幸いです
ラムダさんが書いてます
2013/04/27(土) 00:17:54 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ポンタさんへ
こんばんは

文字だけでお伝えすることは、なかなか難しいですね。

私たちは、意識の一番外側にある、薄皮のような思考を自分だと勘違いして生きています。

その思考から、目で文字を見ています。

見るとき、エネルギーは外へ向かいます。

すると、思考から見てしまいます。

そして、内容について、思考で考えてしまいます。



思考は、過去のデータの蓄積です。

思考は、内側について知ることはできません。

情報をお伝えすることはできますが、内側についての知識を集めるだけではあまり役に立ちません。

実際に体験することで、初めて役に立ちます。

時に知識は、既に知ったつもりになり、実際に体験することの妨げになったりします。

体験が伴っていない点が、難しい点かもしれません。



もし、実際にお会いしたなら、文字でなく言葉でお伝えすることができます。

すると、耳から聴くことができます。

聴くというのは、受容的です。
耳を傾けることで、内側深くで感じることができます。

もし、内側深くに響いたなら、次は実際に体験することで、自分自身の中に答が生まれます。


例えば、過去の傷や感情が現在に影響しているということでも、

実際にヒーリングを受けていただき、過去の傷や感情が癒され解放されたなら、

それまで影響されていたことについて、感じ方がどのように変化したのか?

実際の日常に戻っていただいたあと、現実の感じ方が、見え方が、自分の反応が、どのように変化したのか?

ということを体験することができます。

その体験を通して、理解が生まれます。



今、ここ、というのは、第一に体がいる今、ここ、だと感じます。

そして同時に、外側に拡がり、内側にも拡がっています。

それは、思考を無視することでも、感情を無視することでもありません。

無視したり拒絶することで、自分自身を狭い領域に閉じ込めてしまいます。



今、ここ、というのは、思考を観察することで、思考に気づいているものに気づくこと

ハートから内側深くに入ること

でもつながることができます。



感情についてですが、感情とは、感じるものです。

私たちは、思考に同一化しているので、感情についても感じているつもりで考えてしまいます。

感じるためには、ハートにつながる必要があります。

ハートは、内側への最も簡単な入口です。

そして、ハートが感情を感じることを可能にしてくれます。

ハートにつながるには、ハート瞑想がおすすめなことは既に書きました。

本が届いたら、試してくださいね。

もし、CDで瞑想してもハートを感じにくいようでしたら、既にハートに繋がっている人と一緒にハート瞑想をすることも助けになります。

その方が、CDを聴きながら瞑想するよりも、何倍も早く進むことができます。




■過去生を探ったり、過去のトラウマを引っ張り出そうとすれば、延々と見つかるだろう

重要なのは「今、ここ」にいることだけだ。

今、ここにいれば、問題など無いことが分かる



なんだか、OSHOの言葉のように感じます。

余談ですが、私がお話ししているのも、OSHOの元で長年瞑想していた3人が編み出したサトルボディヒーリングで体験したことです。


この言葉は、本当にそうだと感じます。

このような言葉を聴く時に大切なのは、

誰に向かって語られているのか?

どのような段階、どのようなタイプの人に向けて語られているのか?

ということです。

なぜなら、このような言葉は、パラドックスに満ちているからです。



この言葉は、ただひたすら現在の原因を過去に求め続け、精神分析などに通い続けているような人に向けて語られているように感じます。


誰かや何かに影響され感情が大変になる。

それは、今、ここに、起こります。

そこから、これはいったい何が原因なんだろう?

と過去を探ることもできます。

一見、最もな行動に見えますが、そのようにすることで、今、ここに、起こっている感情を感じることから逃避しています。

これは、思考が感情を感じないためにする策略です。



感情を受け入れ癒すことは、今、ここで、影響されている感情を感じることです。

原因を求め過去を探るのではなく、今、影響されている感情を感じると、それが過去から来ていたと知るのです。



今、影響されている感情があるのに、

「その感情は過去から来ているのだから感じる必要もない」

と決めるなら、何が起こるでしょうか?

それは、今、ここにある感情からの逃避ではないでしょうか?

今、ここにある感情から逃げて、どこに、今、ここがあるのでしょうか?

表層には大変な感情があり、

同時に中心には、空・静けさ・平安がある。

この両方を含み、超えたものが、今、ここ、ではないでしょうか?

言葉で説明するのは、何だかもどかしいですが、意味は伝わりますか?


感情が癒され解放されたなら、くつろいで今、ここにいることができるようになると感じませんか?



■猛烈に感情を揺さぶるような事件が起こるとき

落ち着こうとすることで、無意識に感情を感じないようにしてしまったのではないでしょうか?

結果として、ポンタさんがお感じになられたように、

無感情のような、現実逃避しているような空間に入ってしまったように感じます。


そのような状況で、今、ここにいるというのは、その猛烈に揺さぶられている感情をあるがままに受け入れることではないでしょうか?

はい、猛烈に揺さぶられる感情を受け入れるなんて、そう簡単ではないこと、私自身も身に染みて体験しました。

私は、瞑想に深く入りながら、感情をどう扱えばよいのか分からず感じないようにしていて、体が壊れました。

日に日に衰弱する中、もうじき動けなくなるのでは、と覚悟した時に、サトルボディヒーリングに出会い、もう一度生きることを決意しました。

そのあと、毎日24時間、体が震えるような恐怖の日々を過ごしていました。

始めの内は、ハート瞑想をしても全く役に立たないように感じていました。

サトルボディヒーリングのセッションを受けながら、

毎朝毎朝、ハート瞑想をし、思い出す度にハートにつながることで、だんだんとハートの効果を感じるようになりました。

その後、トレーニングに入って、感情を癒すことができるようになってきました。

感情を癒すことが出来るかは、ハートがどのくらい強く大きくなっているか、と、感情がどのくらいの大きさ激しさか、によるように感じます。



思考を観察することで、思考を観察しているものに気づくこと

感情を受け入れることで癒していくこと

この2つの組み合わせは、とても役に立つように感じます。



長くなってしまいました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

情報を受けとるだけでは、意味を成しません。

実際に体験することで、初めて役に立ちます。

もし、何か一つでも響くことがありましたら、試していただければと思います。

そうすることで、自然と答を知ることができます。



また、ポンタさんが呼び掛けておられたのと、

やまがみさんが読者同士の交流を容認されているように感じたので、

コメントさせていただいたのですが、思考観察以外のことが多くなってしまい、私も恐縮しております。

よろしければ、私もブログを書いておりますので、そちらにでもコメントいただければと思います。

http://ameblo.jp/devaambho/




2013/04/27(土) 23:17:45 |URL|Ambho(アンボー) #UXr/yv2Y [編集]
やまがみさんへ
すみません、何だか思考観察以外のことをずいぶんと書いてしまいました。

お騒がせして、すみませんでした。

2013/04/27(土) 23:38:59 |URL|Ambho(アンボー) #UXr/yv2Y [編集]
ポンタさんへ
こんにちは。

> 「いまここ」にいようとするのも、「より良い先回り案」を思い付けるよう、ご利益目的として思考で捉えていた気がします。

そうですね。

そういったことはよく起こります。

思考がお得意のトリックですので

ただ「いまここ」の自分の頭のなかを観察してみる(意識を集中)させるだけです。

意識を集中させると、思考はなかなか起こらないものですので、

起こっていないことに気づいたら、それが「ノーマインド」です。

起こってもそれに気づいていたら、しばらくすると、勝手に消えていくことが起こりえます。

そうしてら、それが「ノーマインド」です。

「悟り」を探すのではなく、「意識を集中させて頭のなかの思考を観察する」と、

「ノーマインド」つまり「悟り」が起こります。

「悟り」を探しているのは「思考」です。

思考のトリックです。
2013/04/28(日) 01:04:48 |URL|やまがみてるお #- [編集]
アンボーさま ポンタさまへ
シェアリング有り難うございました
ブログと悟りのシンクロニティは拝見させていただきます
2013/04/28(日) 01:28:13 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
Green birdさんへ
こんにちは。

> ここ、読者通しのやりとりも、あるがままで素晴らしく成長してますね。ほんと、参考にさせてもらい、ありがたいです。

ほんとうですね。

私は、4月27日のワークショップの準備で、しばらく見ることができなかったのですが、久しぶりに来てみると、読者さん同士の交流が、とっても活発で、それも、情報の質もとっても高く、感動しました。

私も、大いに参考になっています。

ああ、ほんとうに、ありがたいです。

みなさま、ほんとうに、ありがとうございます。
2013/04/28(日) 01:37:54 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Green Birdさまへ
今 失礼なメールを差し上げたことを思い出しました ただできるだけその時の本音を書いています 思考しました
ごめんなさい
2013/04/28(日) 01:46:22 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ポンタさんへ
こんにちは。

冷静な自己分析ですね。

ハートを活性化させて、感情を癒すというアプローチは、Ambhoさんがプロフェッショナルですので、

Ambhoさんのアドバイスが、感情の解放への近道だと思います。

私も、Ambhoおすすめの『悟りのシンクロニシティ』を読ませていただきはじめましたが、そのなかの「フィーリング・エクササイズ」というものが、ハートを活性化させるということを体験し、これには、価値があると感じました。

これまで「ハート」ということばで私が理解していたものは、私のハートに対する理解が浅かったからだと思います。

価値は実感していますが、まだまだ体験が浅く、ご説明できるほどではありませんので、しばらく自分でその価値を実感してみます。

それから、ハートについてもお伝えすることができるかと思います。


どこかで書いていらっしゃいましたが、このコメント欄を、ほかの読者の方との交流に伝っていただくことも、それが悪意のあるものでないかぎり、まったく問題ではないと考えています。

気になさらずに、どうぞ。
2013/04/28(日) 01:59:48 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Green birdさんへ
ときどき、そういうことがありますね。

おもしろいですね。
2013/04/28(日) 02:00:49 |URL|やまがみてるお #- [編集]
アンボーさまへ
アンボーさまの下記はそのとおりです!
→思考を観察することで、思考を観察しているものに気づくこと

感情を受け入れることで癒していくこと

この2つの組み合わせは、とても役に立つように感じます。
2013/04/28(日) 02:08:32 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ありがとうございます
悟りのシンクロニシティ、読み進めています。
寝かしつけるため、赤ん坊を抱っこしながらハート瞑想を聞いていたらとても不思議な事が起こりました。
ハートにいると言葉を超えるのでしょうか。
下の子の「うーあー」とも、
飼い猫の「ニャーニャー」とも意思疎通ができてしまいました。
そして赤ん坊は愛そのものでした。

また、ambhoさんのページを読ませて頂いております。
お言葉に甘えてそちらにもコメントさせて頂きますね。

ラムダさんのサイトも覗かせて頂いてます。

そして何よりこのページを何度となく読み返しています。

ここ数日で私の中に明らかな変化がありました。
一時的かもしれませんが、内部が静かに落ち着いています。
先回りの思考に巻き込まれてヒステリーを起こしても、それでいいんだ、とそんな自分を許せるようになっています。

今まで、スピリチュアル系?のエネルギー的側面にも禅的思考観察のアプローチにも少なからず不信感を持っていた気がします。
私には効果がない、騙そうとしているんじゃないか、よく分からない、といった疑いの気持ちです。

ここにコメントを書き、誠意あるリアクションを頂いたのが影響して、私に変化を促しています。

実践あるのみですね。
楽しい事です。
引き続き読み返し、自分の変化を見て行きたいと思います。
取り急ぎ、ありがとうございました。
2013/04/29(月) 15:53:32 |URL|ポンタ #6GgKOieI [編集]
ポンタさんへ
ハートをとおしての、お子さまとの交流、素敵ですね。

ゆっくりといきましょう!
2013/04/29(月) 21:41:49 |URL|やまがみてるお #- [編集]
やまがみさまへ
悟りのシンクロニシティを読まれているんですね。みんな同志です(笑)
楽しくわくわくもいいですね!
2013/05/02(木) 21:10:35 |URL|Peace #A29.UPzw [編集]
Peaceさんへ
> 悟りのシンクロニシティを読まれているんですね。みんな同志です(笑)
> 楽しくわくわくもいいですね!

ほんとうですわね(笑)

ちょうど、Peaceさまへの、おふざけ返信を書いていましたところですわ。

これこそ、シンクロニシティでござあますわね!

みんなで、ほんとうに、どんどん楽しい世界にしていきましょう!
2013/05/02(木) 21:17:33 |URL|やまがみてるお #- [編集]
CD
イントロダクションで寝てしまいました。
今日の夕方です(笑)
寝るには、気持ちいいですね。(^^)
2013/05/03(金) 21:55:08 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]

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Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
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