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金城正実さんの思考観察記録 (1) さあ、さあ、思考さん「聞いてやるから、話しなさい」

04-16(火)00時00分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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おもにfacebookにてご交流いただいております、

金城正実さんは、ご自身のfacebookにて

昨年秋より、思考観察記録を記されています。


皆さまのご参考になればと思い、

金城さんのご承諾を得て、記事にさせていただきます。


以下、金城さんの記事は「fb+記事年月日」と記します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/14

思考を止める手っ取り早い方法は、思考を観察することだと思います。

思考に気づいた時に、「ああ、こう考えてるなあ。」とラベルを貼る感じでしょうか。

楽しみながら練習すると、意外に長く止められたりします。

で、思考を止める習慣が何の役に立つのかというと、

運が上がるような気がするんですよね。

なぜかはよく分りませんが… (^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



こちらが、金城さんが思考観察をはじめられて、最初に感じたことを記された記事です。

金城さんは、直感的に「運があがりそうな気がする」と感じられたようですが、

思考が、あるがままの出来事に抵抗しなければ、

私たちはものごとが自然によりよく展開することを目撃します。

これは、私たちから見ると、まさしく運がよくなったように見えることでしょう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/15 

思考観察その2

以前、ある覚者の方が思考について面白い例えをしていました。

「ドミノ倒しの牌の間隔と同じことで、思考と思考の間が狭いと

次の思考に影響を与えて連鎖していく。

ならば、どんどん間隔を広げてしまえば、

一つの思考は次の思考に影響せず連鎖が止まる。」

というようなのでした。(原文通りではないですが。)

このドミノの例えは分り易くて、

「ああ、間隔を空ける練習をすればいいのかあ。」と、

とても参考になりました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「思考」と「思考」の隙間に、「ノーマインド」があります。

「思考の観察」に慣れていくにしたがって、

この隙間に気づくようになり、さらに、

気づくにしたがって、しだいにこの間隔が広くなっていきます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/20

思考についてその3

思考を止めることを伝えようとすることも

思考を止める自分の中の深化になるような

気がします。

自分の中で、うまくいった時の感じを

... 概念化して、またその次に利用しようとする

思考も出てきたりしますので。反省みたいなことも出来ますね。

これは(概念化)、深化のスピードを鈍らせるんでしょうね。

そういう意味で、思考を止めることを伝えようとする時に

(自分に対しても)

「止めればいいんです。自分の気持ちのいい感じ方で。」

って、最後にはなるのかもしれないと「考えて」いたりします。^^;

と言いつつも、

ケン・ウィルバーの方法は次のような感じらしいです。

『もし、わたしが、内的な独白(絶えまないひとりごと)を前にして、

能動的な聞き取りの態度を取り、

この独白に何でも好きなようにいうことを認めてやれば、

つまり、「聞いてやるから話しなさい」 という

きまり文句で定義されるような態度を取るなら、

独白が(わたしの強制や抑圧なしで)止まるのが観察できる。

それは、用心深く待ち受けるわたしの姿勢が崩れるまでは再開されない。』

(^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ケン・ウィルバーの説明は、さすがだと、うなずきました。

「思考観察」をはじめても、初期のころはまだ

「思考に気づいている視点(定点)」が安定化していないため、

すぐにふたたび思考にのっとられるようなことを

経験する可能性があります。




「思考の観察」をはじめて、間がないころの私たちは、

金城さんが最初の記事で書いているような体験をします。




「思考に気づいた時に、『ああ、こう考えてるなあ。』とラベルを貼る感じ」になるでしょう。




けれども、この「ああ、こう考えているなあ」自体が思考だと感じると、

何がなんだかわからなくなります。




これが思考の策略なのですが、私たちはこれに気づかずに、

これも思考、あれも思考と、思考することで、

気づいている自分を見失ってしまうのです。




(ラベルを貼っていても、ラベルを貼っていることに、気づいている視点がそれです)




このようなときには、金城さんご紹介の

ケン・ウィルバーの方法が参考になるでしょう。




思考に対してつぎの態度で臨むのです。




「聞いてやるから話しなさい」(ケン・ウィルバー)






そして、その内容を、ただ聞いてあげましょう。

そうしながら、それを聞いていることに気づいている自分に気づいてください。




それを聞いている自分が存在していることに気づくことで、

思考と自分とは別ものであることがしだいに認識されていきます。




この認識が深まるにつれて、思考のなかへと無意識に

自分が見失われることがしだいに少なくなっていくでしょう。




*金城さんの表現に対する、やまがみからの補足


思考は止めることはできません。

思考を止めようとすること自体が思考だからです。


思考は、ケン・ウィルバーの姿勢

「聞いてやるから、話しなさい」の姿勢で臨んだ場合にかぎり、

自然に起こらなくなっていきます。


金城さんにとっては「思考観察」をはじめられた理由が、

「思考を止める」目的であったために、

そのように表現されているのだと、ご理解をお願いいたします。




*Information*


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コメント:

>これが思考の策略なのですが、私たちはこれに気づかずに、

これも思考、あれも思考と、思考することで、

気づいている自分を見失ってしまうのです。



まさに今の私がそんな感じです。
思考に気付くものの、どこか思考で思考に気付いているふりをしているような、それこそ例えて言うなら犬が自分の尻尾を追いかけてグルグル回っているような感覚です。

自身が多重債務者であることを自覚した途端、一気に思考の波に呑まれてしまいました。

「人生詰んだ」
「もう終わりだ・・・」

そんな言葉ばかりリフレインさせてしまっている一方、「これは思考だ。単なる思考なんだ。」と自分に言い聞かせようとしている思考もいます。

思考で思考に蓋をして見ない様にしているような。

目の前の現実がリアルで圧倒されてしまいます。

自身に不快な感覚を及ぼす思考に乗っかるとやがて、頭痛がしてきたりと身体反応にまで及びます。

身体反応が出てしまうともう頭の中に何も浮かんでいないようなつもりであっても、気分的には塞ぎ込んだままなのでどこか、思考をグルグルさせているのだろうと思います。


すべての元凶は己自身とは言え、どこか認めたくない自分もいますが、これも思考のなせる技なんでしょう。

あらゆるものを利用する狡猾な存在だなと。

どこで歯車が狂ったんだろうって感じてしまうのも思考ですね。
2013/04/16(火) 12:12:30 |URL|ラムダ #- [編集]
素晴らしい
やまがみさま
ケンウイルバーは流石です
こういうブログでのシェアは嬉しいです
実践が大切なのはウイルバーのインテグラルライフで言ってたようなです
今日はありがとうございました
感動しました
2013/04/16(火) 12:56:24 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
超人生のすすめ
悟りを実践する様子がかかれている部分があるので参考にはなると思います ただやまがみさまが言われるとおり実践と理論は異なると思います
2013/04/16(火) 14:16:20 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
末期がんの痛み
悟りのある段階に達することはある意味のエゴだと思考します
今 この瞬間にも痛みで苦しんでいる人がいるからです
これは思考ですが悟りはエゴです
2013/04/17(水) 00:09:12 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
ラムダさんへ
こんにちは。

思考を観察されるまえに、「いまここ」の自分の状態に意識を向けられてから、
思考の観察をしてみてください。

たとえば、パソコンを見ている自分に意識を向けます
→パソコンを見ている自分がそこに座っていることに意識を向ける
→「パソコンを見ている自分」が、パソコンを見ていることに意識を向ける
→この「パソコンを見ている自分」に意識を向けたまま、その「自分の視点」で「思考に気づく」
→気づきつづけるように注意する

(このときは、「さあ、聞いてやるから、話しなさい」の姿勢で、聞くに徹するように注意する。
その姿勢を維持するように注意する)

> すべての元凶は己自身とは言え、どこか認めたくない自分もいますが、これも思考のなせる技なんでしょう。

認めたくない、自分の声に、抵抗せず、耳を傾ける。

> どこで歯車が狂ったんだろうって感じてしまうのも思考ですね。

「どこで歯車が狂ったんだろう」と、「歯車が狂った」と抵抗したり、、「歯車が狂った」といっていることに抵抗したりせずに、「どこで歯車が狂ったんだろう」と思考していることにただ気づくように注意して、おこなってみてください。
2013/04/17(水) 10:59:47 |URL|やまがみてるお #- [編集]
覚醒教師アジャシャンティさん(アメリカ人男性)のネット動画『何も悪くない』…
やまがみてるおさんの説明内容と関連した内容がありました。
皆様のご参考になればと願いますo(^-^)o合掌
2013/04/17(水) 11:17:26 |URL|平井ケンタ #- [編集]
Peaceさんへ
こんにちは。
いつもありがとうございます。

ケン・ウィルバーは私も大好きです。

「理論と実践について」

私は、「理論は必要ない」と考えているわけではありません。

「理論『も』大切である」と考えています。
けれども、「実践(体験)『こそが』大切である」とも考えています。

そのうえで、私の体験では、私たちは、ある時期まで「思考とともにいたい」ため、
「体験的悟り」が、すべての人を思考による空想の苦悩から、開放することがわかっていても、
そこに踏み込めない(自分の人生で試してみること〔科学的実験〕ができない〔したくない〕)
ということをじっさいに体験したり、ほかの人で目撃したりします。

このようなときに思考は、理論をいいわけに使うことを目撃します。

思考は、私たちに、理論的な追求をさせることで、ふたたび「思考」に巻き込むことができるからです。

「思考」はこのように「理論」を持ち出して、「実験」(自分自身でおこなう科学的な実験)を後回しにすることがあるため、私は「理論的解説」を極力避けて説明する方法を選んでいます。

科学は実験のうえに成り立ちます。
科学的真実は、文章(理論)のなかにはありません。
理論のなかの科学は(起こることに一定の真実性があるとしても)、非科学だと私は考えています。

自分で体験(実験)せず、他者のいうことを、「科学」という冠をかぶせて盲信することだからです。

「末期がんの痛みに関して」

思考から、はなれた視点が定着すると、
思考や感情、体との同一化の虚偽が見破られ、
その後、何年もかけてゆっくりと私たちは、自己の真実に目覚めていきます。

自己の真実とは、思考ではなく、感情でもなく、この肉体でもない、
ということが、体験的にわかっていきます。

これは、著書でも、ブログでも、何度も書いていることですので、詳細はそちらをご参照ください。

思考や感情、肉体がエゴですので、悟りは、私の体験では、Peaceさんのおっしゃるような、
「ある意味のエゴ」なのではなく、「エゴの不在」もしくは、「エゴの死」として体験されています。

「思考」は、「悟り」を理解することはできません。

自己(思考)の能力をこえた部分のものを、つかみとろうとする作業、それが思考による理解願望です。

思考による理解願望に対する執着によって、私たちは悟りから逃れるいいわけにします。

私たちは、「思考とともにいたい」(エゴとともにいたい)わけです。

まだまだ「エゴとともにいたい」ために、
自分の人生で「思考をただ観察する」という実験(科学)をしません。

科学的理論といって(思考に執着しているために、それとともにすごしたいために)、
思考を観察する(思考の虚偽に目を向けて、観察する)という実験(科学)から逃げているわけです。

「痛み」は「事実」ですが、それは「肉体」に付随したものであり、
「肉体」は、悟り後は自己の真実(すべて)ではないと体験されていますので、
悟り後は、それに対する執着と、幻想はありません。

このため、「痛み」や「死」は、事実ではありますが、悟り後は、「脅威にはなりません」。

悟るまえは脅威です。
その人にとって、これは何よりも大きな問題であることを理解しています(かつての私にとっても、そうでした)。

ですから、この脅威は、その人にとっての脅威であることを、十分に理解、認識したうえで、慎重に対話する必要のある話題であることは理解しています。

けれども、上記の理由から、私は、悟りをお伝えする必要性を強く感じているため、これを促進するために全力をつくしています。

Peaceさんに対して、思考観察という実験を、私が要求しているように感じられているとしたら、すみません。

私はすべての人に、思考観察の方法とその重要性をお伝えしていますが、
それを要求しているつもりはありません。

ある時期まで、私たちは「思考とともにいたい」時期を経験するからです。

「思考とともにいたい」時期ももちろん、尊重しておりますので、思う存分、理論を追求されるのがいいと思います。

私にもそういう時期がありましたし、それがいま生きています。
2013/04/17(水) 11:20:51 |URL|やまがみてるお #- [編集]
訂正します。
アジャシャンティさんのネット動画タイトルは、正確には『何も悪くはない』でした。訂正します。失礼しました。合掌
2013/04/17(水) 11:22:19 |URL|平井ケンタ #- [編集]
直感
ふと気になりコメント欄にきて感動しましたやまがみさまや平井さまと同志です
ワンネスですから(笑)悟りは説明がつかないです やまがみさま是非悟りのお楽しみ研究会など作られたらいかがでしょうか(笑)
ありがとうございます
2013/04/17(水) 11:42:00 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
平井ケンタさんへ
いつも、情報、ありがとうございます。

動画、拝見しました。

とっても、いい動画ですね。

さっそくご紹介させていただきました。

いつもシェア、ありがとうございます!
2013/04/17(水) 12:46:50 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Peaceさんへ
アドバイス、ありがとうございます。

「勉強会」or「研究会」or「お話会」という形で、悟りをお伝えする会の企画も考えています。が、まだ追いついていません(涙)

悟りの本に関して、私は、長く自分の望む(期待する)本がなくて、どうしてないんだろうと疑問に思っていました。

あるとき、「あそうか、自分が書けばいいんだ」と感じ、その後、それを目標にしました。

Peaceさんが、悟りの理論派向け解説書の必要性を感じられたということは、その役割は、Peaceさんにあるのかもしれません。

直感ですが(笑)

同志ですので!
2013/04/17(水) 12:56:59 |URL|やまがみてるお #- [編集]
観察と監視の違い
「聞いてやるから、話しなさい」は、いいですねぇ~。(^^)

これを自分自身に向けて言ってみると、身体と心が開く感覚があります。

本来中立である立ち位置の観察が、いつの間にやら監視や見張りといった、
心を閉じさせてしまう働きの方へ行ってしまう事は、思考の観察を始めた頃に、時々ありました。

「聞いてやるから、話しなさい」の姿勢には、監視や見張りの様な緊張した感覚がありませんね。(^^)
2013/04/17(水) 13:01:14 |URL|光龍 #- [編集]
光龍さんへ
こんにちは。

> 本来中立である立ち位置の観察が、いつの間にやら監視や見張りといった、
> 心を閉じさせてしまう働きの方へ行ってしまう事は、思考の観察を始めた頃に、時々ありました。

監視や見張りの視点になり、思考が活性化しているのですよね。

ケン・ウィルバーは偉大です!(読むのに時間はかかりますが・・・笑)
2013/04/17(水) 13:15:34 |URL|やまがみてるお #- [編集]
こんにちは。

思考が止むものの中には「問いかける」系のものが多いですが、
これはまさに思考をあるがままに受け入れ「許す」態度ですね。
目からウロコです。

そしてやってみると、主体は思考ではなく自分であるという感覚がわかりやすいと思いました。
シェアありがとうございます!
2013/04/17(水) 21:13:19 |URL|つとむ #- [編集]
つとむさまへ
はじめまして、ラマナ・マハルシ氏の私は誰か?に対しては、
私とは表現できない、または、マスター・ゲートさんの言葉をお借りすると、それは、あなた、マハルシさまの、質問ですとなります(笑)
2013/04/17(水) 21:28:23 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/04/17(水) 21:32:29 || # [編集]
思考と感情
こんにちは、いつも更新そして、コメントのやりとり、素晴らしく参考になります。なんかいたたまれなくなったときは、自分を責め立てていることが多いんですが、何を責め立てているのか観えないので悶々としていました。未来の不安定さだろうと思い込んで、そこを手放すことをやってもやっても、悶々は続きます。僕は巳年で、もう速く抜け出したいと心の声が叫んだ今日、喫茶店で目の前の小川で、脱皮したての巳がスイスイと泳いでいるのをわざわざ喫茶店のマスターが教えてくれました。なんかそこでふと抜けたと感じたんですが、その後、ビジネスで負けたと誤解して後悔している考えが浮かび、そもそも思い込みの誤解である考えが観えてきました。滑稽で愛おしいなあとじわっときました。出来事の解釈にシバレるね、春だから緩んでよかったね、と寛容さが戻りました。
2013/04/17(水) 23:32:23 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
悟りとは
寝ても覚めても意識が同じであることが悟りで頭は空である

やまがみさまやみなさまのおかげで悟りの一段階となりました
ありがとうございます先月21日から今に到ったのでみなさまにシェアいたします
理性的に社会人として行動します→思考
2013/04/18(木) 05:31:05 |URL|Peace #Gq//HHxQ [編集]
やまがみさんお返事ありがとうございます。

やっている内に「ちゃんとできてるのか?」「本当にこれで意識を向けられているのか?などと不安が出てきてしまったりします。

普段、書き慣れているはずの字をふとした拍子に「こんな字だっけ?」などとその字が正しいのかどうか不安になるような、そんな感じです。

不安になると言う事は、どこか、「本当に合ってるのか?間違ってるんじゃないの?」などとけしかけている思考があるのかも知れません。
2013/04/18(木) 06:29:51 |URL|ラムダ #- [編集]
つとむさんへ
こんにちは。

「聞いてやるから、話なさい」の姿勢は、一番思考を観察しやすいですね。

最近、私はこれを応用して、「いまここ」に対して、

「受けいれてやるから、起こりなさい」といっています。

これで、無意識の「いまここ」の否定から、解放されます。
2013/04/18(木) 15:08:52 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Green birdさんへ
こんにちは。

> なんかいたたまれなくなったときは、自分を責め立てていることが多いんですが、何を責め立てているのか観
えないので悶々としていました。

この無意識の否定(責め立て)が私たちを苦しめているのですよね。

ただ、かならずしも何を責め立てているのかを解き明かす必要はありません。

その責め立てに、さらに無意識に抵抗して、「苦悩」をつくりだしているからです。

その責め立てに気づき、その責め立てを認識し、受け入れることができると、悶々としている思いは解消されていきます。

「無意識の責め立て」に、「無意識に抵抗している」可能性に意識を向けてください。

「無意識の攻め立て」に対して、さらに起こっている「無意識の抵抗」が、悶々を増幅させているからです。

ヘビの脱皮なんて、なかなか遭遇できません。巳年に年男が春にヘビの脱皮を目撃す! 脱皮の年ですね!
2013/04/18(木) 15:14:27 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Peaceさんへ
おめでとうございます! 

そうですね。なんか、空なんですよね(笑)。

どんどん、空に開いていくという表現になるでしょうか。

どんどんあるがままにゆだねていきましょう! 

悟りは、空になることで、思考(自分)を「あきらめること」なんですよね!

Peaceさんからの読者さんへの管理人制限のコメントがありましたが、管理人制限のコメントは、私(管理人)以外の読者の方には、読むことはできませんので、別の方法をご検討願います。

ブログを開設されている方には、その方のブログのコメント欄にて管理人制限でお伝えするか、メールフォームなどをご利用すると可能かと思います。

2013/04/18(木) 15:20:19 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ラムダさんへ
こんにちは。

> やっている内に「ちゃんとできてるのか?」「本当にこれで意識を向けられているのか?などと不安が出てきてしまったりします。

そのとおりですね。

そうしたら、それが、思考であることに私たちは、気づきたいのです。

> 普段、書き慣れているはずの字をふとした拍子に「こんな字だっけ?」などとその字が正しいのかどうか不安になるような、そんな感じです。

意識化が進みはじめると、そういうことが起こります。

なぜなら、それまでは無意識にオッケーを出して、自分の主導権を明け渡していたところに、
自分が決定するという主導家の取り戻しつつある証拠だからです。


> 不安になると言う事は、どこか、「本当に合ってるのか?間違ってるんじゃないの?」などとけしかけている思考があるのかも知れません。

そのとおり、その思考があります。

その思考があることは、悪いことではありません。

ただ、その思考があることに気づき、それが単なる思考にすぎないことに気づきたいということです。


最初のうちは、誰もがそういうことを経験します。

本日の記事、「金城さんの思考観察記録(2)」は、大いに参考になると思います。
2013/04/18(木) 15:25:35 |URL|やまがみてるお #- [編集]
会得
ーー「無意識の攻め立て」に対して、さらに起こっている「無意識の抵抗」が、悶々を増幅させているからです。

これって、そのとーりという感じです。解釈しようとする視点も抵抗の一瞬ですね、ありがまま、魂にメスはいらない、ですね。
2013/04/18(木) 18:25:32 |URL|Green bird #Pg6Ch65A [編集]
Green birdさんへ
こんにちは。

> 「無意識の攻め立て」に対して、さらに起こっている「無意識の抵抗」が、悶々を増幅させているからです。
>
> これって、そのとーりという感じです。解釈しようとする視点も抵抗の一瞬ですね、あるがまま、魂にメスはいらない、ですね。

ほんとうですね。

それでも、気づくことを避けますので、これに気づき、どんどんと抵抗を捨てていくことなんでしょうね。
2013/04/19(金) 18:01:31 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

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