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つとむさんの思考観察記録(8)「頭のなかに思考が起こる」→「それに気づく」 これが重要

03-21(木)01時00分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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はじめてお越しの方は、「こちら」を見てね。




2013年3月16日より、

神戸、北野工房のまち内、北野カフェにて

『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』原画展を

無事、開催開始することができました。




初日から、たくさんのお客さまにご来店いただくことができましたことを、

この場をお借りいたしましてお礼申しあげます。




お近くの方はもちろん、遠方の方も、

ぜひこの機会に原画をご覧にお越しいただけましたら、幸いです。


詳細はこちら




「つとむさんの思考観察記録」は、読者のつとむさんの、

昨年(2012年)12月から思考観察を本気ではじめられて以降、

ご自身に現れた目覚しい変化が、コメント欄に記録されていましたので、

これがほかの読者の方の役に立つのではないかと記事にまとめているものです。




「つとむさんの思考観察記録」をはじめて読まれたかたは、

こちらからお読みください。




2月13日のコメントにて、つとむさんは、

思考が「ノー!」ということを、あえて選択してみた結果、

つぎのような自問自答をされています。




  「あるがまま起こることに、良いも悪いもないということを
 
   理解し始めてはいるのですが、

   思考が呼び戻そうとしてきます。

   自我は苦しいですが、この思考、状況をただただ観察するのみです」




自我は、自分の思いどおりに事を運ぼうと試みますので、

これが阻止されると、激しい抵抗をおこなってきます。

けれどもこれは、思考が「ノー!」ということに対して、

あえて「イエス」の行動を選択し、その結果を自分の目で観察したなら、

それが、虚偽であることが明らかになります。




『思考が「ノー!」ということを、あえて選択してみる』

コメント欄につとむさんは書いています。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月14日 つとむさん


こんばんは!

>思考なんて、信じるに値せず、

>それに従わないほうが自分に利益があることがわかるのですから。


本当にそうでした。。。


昨日から今朝にかけ、苦手な思考に焦らされてしまい、

無駄な労力を使う羽目となってしまいました(汗)

しかし「やっぱり虚偽だった!」という気づきも得られました。


こういうことの積み重ねですね。


>私にとっての試練は、死や病でした。


チャスティーちゃんのことですね。

私もこちらのブログで経過を見守ってましたが、

幼い頃そばにいた愛犬を思い出し、

寂しさと悲しさで胸が張り裂けそうになりました…。


>お互い体を持って生きている以上、

>必ず訪れる別離ですが、自我は抵抗し恐怖します。


その自我の視点を超えて、あるがまま、起こるがままを観ることにより、

恐怖ではなく、「大切で貴重な時間」として選択できるんですね。


>人生で背負ってきたほとんどの執着から

>解放されることができるのでしょうね。


ああ、今までこの執着のせいで

どれほど自分を痛めつけてきたことか…。

ここ数日の試練で再認識させられました。

「イエス」を選択し続ける覚悟ができたかもしれません。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

思考が「ノー」といったときにそれに気づき、

あえて「イエス」を選択し、その後どうなるか観察することによって、

私たちは長年の思考の操作性の虚偽から目覚めていきます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月15日 やまがみてるお


こんにちは。


> >思考なんて、信じるに値せず、それに従わないほうが

> >自分に利益があることがわかるのですから。

> 本当にそうでした。。。

> 昨日から今朝にかけ、苦手な思考に焦らされてしまい、

> 無駄な労力を使う羽目となってしまいました(汗)


思考は、ほんとうに狡猾ですよね。


油断すると、苦手な出来事の体験などをとおしてすぐに、

また取り込まれてしまうようなことを体験します。


> しかし「やっぱり虚偽だった!」という気づきも得られました。

> こういうことの積み重ねですね。


何度もくり返して、それでも気づきつづけるしかありませんよね。


> チャスティーちゃんのことですね。

> 私もこちらのブログで経過を見守ってましたが、

> 幼い頃そばにいた愛犬を思い出し、

> 寂しさと悲しさで胸が張り裂けそうになりました…。


命のあるものどおし、最後は別れが待っているのですが、

わかっていても、悲しいですね。

命のあるものの宿命なのでしょう。


> お互い体を持って生きている以上、

> 必ず訪れる別離ですが、自我は抵抗し恐怖します。

> その自我の視点を超えて、

> あるがまま、起こるがままを観ることにより、

> 恐怖ではなく、「大切で貴重な時間」として選択できるんですね。


それでもやはり、悲しみとつらさを体験しながら、

それを淡々と見つめ、体験しているような感じでした。


> ああ、今までこの執着のせいで

> どれほど自分を痛めつけてきたことか…。

> ここ数日の試練で再認識させられました。

> 「イエス」を選択し続ける覚悟ができたかもしれません。


ほんとうに苦手なこと(死別やその可能性など)が起こったときは、

無理して「イエス」を選択するように強要するのではなく、

それを感じ、ただ見つめる、それを体験するような感じです。


「イエス」を選択するのは、自分にとって

些細なことからにすることを忘れないようにしてください。


最近、つとむさんとのコメント欄のやり取りを

ふたたび読み直していたのですが、

少しずつ記事にしたいと思ってきたのですが、

それは承諾していただけますか?


つとむさんの体験とコメントの記録が、

ほかの人の役に立つと思います。

またきりがよさそうなときにでも、と思っています。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月15日 つとむさん


こんにちは、やまがみさん。

いつもありがとうございます。


もちろん承諾いたします。


やまがみさんの記事だけでなく、

こちらのコメント欄に書き込んでいかれた方々の体験や考えも、

今まで私にとって大きな学びとなっています。


今回のやまがみさんと私のやりとりが、

少しでも他の方の気付きに繋がれば幸いです。

よろしくお願い致します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

こうして、この記事のシリーズははじまりました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月21日 つとむさん


私と同じように日々観察の実践に励んでいらっしゃる方々の

何かしらのヒントになれば嬉しいですね。


そして私も、コメント欄の皆さまの実践における体験や質問と、

それに対するやまがみさんのアドバイスをヒントに

今まで続けてこれました。


やまがみさん、皆さまには本当に感謝です。

ありがとうございます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

つとむさんとのこのコメント欄のやり取りを読んだことで、

思考の観察の価値を感じていただけましたら、幸いです。


けれども、ここでお話しているようなことが

起こらなければならないという話ではありません。


思考は、いい悪いで判断します。

自分にこれが起こらなければ「価値はない」と。


けれども、これこそが、思考のトリックなのです。


私たちに必要なことは、「ただ思考に気づく」ことなのですが、

思考は観察されることを避けるために、

「観察なんてしても、お前には、

つとむさんとおなじような体験は起こらなかったではないか」

という思考で私たちを取り込もうとするからです。


それが、思考にすぎないことに気づきつづけることが大切であることを

私たちは伝え合っています。


起こる起こらないではなく、

「ただ、思考に気づきつづけること」だけが大切であることをお話しています。


「頭のなかに思考が起こる」→「それに気づく」 それだけ。

すると、やがてかならず、それは起こります。




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コメント:

krishnamurtiをご存知ですか
あなたの仰っていることと同じようなことを、インドの思想家であるkrishnamuritという人も言っていますね。
2013/03/22(金) 01:58:32 |URL|mp-16 #- [編集]
mp-16さんへ
こんにちは。

クリシュナムルティさんの本は、20年ほどまえに一度読もうとしたのですが、
挫折してしまい、その後は手にとっていませんが、
最近、似ているといわれることがありますので、読んでみたいと思うことがあります。

よろしければ、mp-16さんおすすめの、
クリシュナムルティさんのことを知るのに入門的な(読みやすい、わかりやすい)本を、
何かご紹介いただけると幸いです。
2013/03/22(金) 12:24:24 |URL|やまがみてるお #- [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/03/22(金) 16:42:03 || # [編集]
思考観察
「思考の観察」を始めてから、三ヶ月強となりました。
(期間を書いているのは、あくまでも目安の為で、何かと比較する為のものではありません。)

二ヶ月半を過ぎた辺りで「体験の主体」を取り戻す時間が増えたものの、その後は一進一退の状況が続いています。
現在は、昨日は取戻し、今日は全くダメという、一日置きくらいのペースです。(^^;)

そして、今日はダメという日は、基本に戻って「思考を観察する」の部分だけをジックリやります。
一日置きに「○と×」が繰り返されると、良かった時の記憶が新たな思考の種になって、
知らず知らず焦り(←これも思考)を生んで、「思考の観察」にならくなる程グチャグチャになってしまうからです。(^^;)

それでも最近は調子が良い方で…(笑)
ちょっと前までは、一日置きも難しいくらいでした。

一日置きですら難しかったのは、純粋な「体験の主体」ではなく、体験の主体に『私』が混じっている感覚が、どうしても気になってしまうからで。(^^;)
「気になる感覚」も、その正体は思考であるのは解っていたので、「気になる」と『私という思考イメージ』が薄まるまで、じっくりと取り組む必要を感じていたのが理由でした。
(『私』とは、私の感覚では、身体イメージを含む「これが自分だ」という思考イメージ全てを表しています。)
(ひょっとしたら、それが自我というものなのかもしれませんが、今の私の段階では、そこまで言い切れないので『私』としています。)

思考を観察して、気付いている気付きに気付いて。
その際に、気付いている「体験の主体」と一緒に感じる「思考イメージ」を丸ごと全て思考と見なし、もう一度、それら全てに気付いている存在を感じ直します。

その時にはすでに、観察できる対象は全て意識の眼前にありますから、その背景には、観察できる対象物が全くありません。
そこでようやく、気にならない程度の『私』が含まれた「体験の主体」に気付く、という感じです。(^^;)
それが出来るまでは、「体験の主体」にいくら気付きを向けても何の反応も変化もなく、気付きが単に流れてしまう様な感覚でした。

そして、これを書いている今日は、「思考を観察する」ところだけを行っています。(笑)
そんな、雲の上と下を行ったり来たりしていても、めげずに「思考の観察」を続けられるのも、
やまがみさんと、コメント欄に書き込まれる方々とのやり取りに、気付きや学び、新たなやる気をもらっているからです。
やまがみさん、みなさん、いつもありがとう御座います。(^^)
2013/03/22(金) 20:35:16 |URL|光龍 #- [編集]
ニモさんへ
不安感や絶望感、イライラ、を含め、
「感情」は、「感じきる」と消失します。

が、「感じているつもり」で、「抵抗している」場合があります。

抵抗しているのですから、感情は抑圧され、内側に蓄積されます。

> 感情の原因になる思考を探すといいのかもしれませんが、
> それは「思考が思考を考えようとしている」状態ではないかと思うのです。

感情を解放するには、感情を感じきることが基本になりますので、
そのもとになる思考を発見する必要性はかならずしもありません。

「(抵抗せず)感じること」これだけが必要です。

> ただ、私の場合は、もう何年も前から、恐怖や不快な感情を感じるワークはしているけど、それは消えることはないし(一時的に消えても、すぐに元通りになります)

このような場合は、「感じているつもり」で、「抵抗している」可能性があります。

恐怖を感じるとは、「怖くない、怖くない」と感じることではありません。

「怖い」自分のなかに入っていくことです。

恐れている自分を認め、その恐れのなかに入っていくことです。

「恐れてはならない」や「恐れは悪いもの」という無意識の思考があると、このような感じるワークは、その背後に隠されていきます。

まだ残っているということですので、意識を向けてみてください。

自分のなかの「恐れ」が「怖い」ですか?

怖ければ、その恐怖を感じていきましょう。

その恐怖を感じてください。

恐怖を感じることを「恐れて」抵抗していませんか?

「怖くない」という抵抗はないですか?

「怖くない」と言い聞かせようとする思考があれば、

それは抵抗になり、感じきることにはつながりません。

抵抗を持ったままでは、その抵抗によって抑圧されて、終わります。

抑圧が起こると、感じきることはできません。

> 不快な感覚が体のなかにあるままです。

不快な感覚が体のなかにあることに気づいたら、
その不快な感覚を否定せず、不快のなかに入っていってください。

不快である自分を許してください。

不快である自分を許し、恐れずに、どんどん、不快を感じるようにします。

おそらく、「不快」や、「不快であること」や、「不快である自分」を、「不快であることはいけない」という無意識の思考で、否定している感覚がどこかにあるのではないかと思います。

まずはこのような無意識の思考があることにに気づいたうえで、ワークをされてみてください。
2013/03/24(日) 16:23:40 |URL|やまがみてるお #- [編集]
光龍さんへ
光龍さんの「思考の観察記録」ありがとうございます。

> 二ヶ月半を過ぎた辺りで「体験の主体」を取り戻す時間が増えたものの、
> その後は一進一退の状況が続いています。
> 現在は、昨日は取戻し、今日は全くダメという、一日置きくらいのペースです。(^^;)

↑ この「今日はまったくダメ」といっているのが、思考であることに、私たちは気づいていきたいわけなのですよね。

けっきょく、思考は、「今日はまったくダメ」という思考で、光龍さんの苦手な部分(思考に巻き込まれやすい部分)を突っついているわけです。

ですから、「一進一退の状況が続いている」とか、「今日はまったくダメだ」とかいっているものこそが、思考であることに気づけると、「一進一退の状況が続いている(からダメ)」という思考や「今日はまったくダメ」といっている思考から、はなれることができるようになります。

私たちの目的は、ただ気づくことですので、「一進一退の状況が続いている」といっているのが、たんなる思考であることに気づいたら、目的は達成されます。

またおなじように「今日はまったくダメ」といっているのが、たんなる思考であることに気づいたら、目的は達成されるわけです。

忘れて、思考に取り込まれることは習慣ですので、当然のこと。

けれども、思考に気づいたら、それだけで前進なのです。

ですから、ただ、「気づきたい」わけです。


思考はうまい具合に観察をすり抜け、私たちをふたたび思考のなかへと引き戻そうとしますが、

基本は「思考に気づき、気づいている視点」を評価することです。


「気づいていたら、それははなれています」

忘れても、オッケー、思い出したら、前進です。


2013/03/24(日) 16:47:01 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ありがとうございます
やまがみさん、返信ありがとう御座います。

実は昨日、あまりにも思考のグルグルがうるさくて、つい爆発してしまい…
「えーい、もう思考の観察なんか辞めてやるぅーっ!」と、焦りと不安に乗っかってしまいました。(^^;)

そしてその数分後…思考を観察している自分を発見しました。(笑)
三ヶ月もやっていると、すっかり習慣になっているんですねぇ。(^^;)ハハハッ

その後それとは別に、『私』に対する思考のこだわりについても、思考の抵抗が消えて、引っ掛かり無く受け入れられています。
あんなに騒がしかった海面の波が、今はかなり穏やかです。

>基本は「思考に気づき、気づいている視点」を評価することです。
>
>「気づいていたら、それははなれています」

ありがとう御座います、これは忘れない様にします。

色々なモノが邪魔に入ることも多いですが、やまがみさんのメッセージを読んで、力みが抜けてだいぶ楽になりました。(^^)
(ニモさんへの返信の感情について、も、とても勉強になります。私もやってみます。)
2013/03/25(月) 20:18:18 |URL|光龍 #- [編集]
光龍さんへ
こんにちは。

> 実は昨日、あまりにも思考のグルグルがうるさくて、つい爆発してしまい…
> 「えーい、もう思考の観察なんか辞めてやるぅーっ!」と、焦りと不安に乗っかってしまいました。(^^;)

けきょく、「思考観察」も思考に取りこまれてしまう可能性があり、こうなると、爆発するまで、気づかれないかもしれません。

> そしてその数分後…思考を観察している自分を発見しました。(笑)
> 三ヶ月もやっていると、すっかり習慣になっているんですねぇ。(^^;)ハハハッ

けれども、それによって、そのおかげで、裏側に来ることができるのかもしれませんね(笑)


私たちは、「『思考観察』をしたい」のではありません。

「思考に気づいていたい」「思考に気づきつづけていたい」のです。


けれども、思考は狡猾ですので、気づかれることを避けるために、私たちに、

思考の観察を「する」ように仕向けて、気づかれないようにうまくその背後に隠れるわけです。


> >基本は「思考に気づき、気づいている視点」を評価することです。

> >「気づいていたら、それははなれています」


思考を観察してみて、「思考に気づいたら」、もしくは、「思考が起こっていないことに気づいたら」、

それは思考からはなれた視点です。

思考からはなれた視点を評価して、その状態を維持するように注意します。


その状態に慣れ親しんでいくことによって、やがてその状態が習慣化されると、定着が起こります。


思考は、こうしてただ気づかれると、正体がばれることがわかっているので、

「私は思考を観察している」という思考のなかへと私たちを取り込もうとし、

そしてそれが成功しているのです。
2013/03/26(火) 15:25:43 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ありがとうございました
お返事を書いて頂き、ありがとうございました。お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
まだなかなかうまくいきませんが、著書など読ませて頂き、諦めずにやってみようと思います。
2013/04/06(土) 00:45:29 |URL|ニモ #- [編集]
ニモさんへ
感情は、感じることは大切なことですので、

恐れずに挑戦してみてください。


深く入り、感じつくすと、やがてかならず消滅していきますので、

そうなると、感情は恐れる必要のないものであることがわかっていただけるだろうと思います。
2013/04/06(土) 01:51:12 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

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