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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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つとむさんの思考観察記録(1)観察決意

02-21(木)14時09分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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はじめてお越しの方は、「こちら」を見てね。




読者のつとむさんは、昨年の11月末に、はじめてコメントをくださいました。

私のブログを読みはじめてから、1年後のことでした。




私が、思考の観察をおすすめしている理由は、

それに慣れてくるにしたがって、

誰もが、「思考に操作されたために起こる無意味な不快」を

感じにくくなっていくからです。




「思考に操作されたために起こる無意味な不快」を

感じにくくなるにしたがって、

人生に、快の要素が増加していきます。




つとむさんとのコメントのやりとりが、

そのほかの読者のみなさまの役に立つのではないかと思い、

つとむさんの許可もいただけましたので、

記事としてまとめていきたいと思います。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2012年11月27日 つとむさん


はじめまして。


やまがみさんのブログに出会ってから1年になりますが

初めてコメントします。


いつも非常にわかりやすいお話しありがとうございます。


特に絵をまじえた説明は実践する上でとても助かりました。


自分もまだ仕事中などは意識することを忘れてしまい、

いつの間にかエゴに巻き込まれることばかりですが、

定着できるようになれればと思います。

これからも宜しくお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2012年11月27日 やまがみてるお


はじめまして。

コメントありがとうございます。


> 自分もまだ仕事中などは意識することを忘れてしまい、

> いつの間にかエゴに巻き込まれることばかりですが、

> 定着できるようになれればと思います。


日常生活を送っていると、

思考の観察がしやすいときと、難しいときがあります。


当然、心を乱す出来事が起こりやすい場面、

起こっている場面ではそれが難しくなります。


思考の観察は習慣ですので、忘れても自分を責めずに、

ただ思い出すことに意識を集中しましょう。


無意識のときの私たちというのは、

この「思い出す」ことを「忘れている」のです。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


思考の観察とは、思考を観察することによって、

「思考からはなれた視点」の存在に気づき、

「その視点から思考を観察しつづけていくこと」をいいます。




これを忘れると、前回の記事でお伝えしたように、

「『私は思考を観察している』という思考」に

同一化しているだけのことが起こっていきます。




「思考からはなれた視点」から

「思考を観察する」ことによって

「思考」と「観察者の視点」は別ものであることを体験し、

「思考」が軸なのではなく、

「観察者の視点」が軸であること(主体、主導権をもっていること)

を体験をとおして理解することができるからです。




この体験が進むと、「観察者の視点」は、「思考」から分離し、

「思考の内容」に操作されることがしだいに少なくなっていき、

やがて「思考に操作されるために起こっていた不快」を

体験することがなくなっていきます。




この観察に慣れることによって、

やがてこの「観察者の視点」は定着します。




この定着が悟りです。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2012年11月28日 つとむさん


アドバイス頂きありがとうございます。

やはり思い出すことが定着のポイントですね。

実践して参ります。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


こうして、つとむさんの思考観察ははじまりました。




みなさん、おなじように、私のブログを読んでくださり、

思考を観察することの価値に目覚められ、観察をはじめられます。




けれども、これはときに私たちに過酷な選択を要求します。




それは、自分の信じていることを疑うという要求です。




思考とは、それまでの人生において無条件に同一化し、

信じて生きてきた自分の前提条件のようなものです。




このようなことを、はじめて耳にされたときなどは

とくにそうでしょうし、

「思考の語る自分」ではない「自分」を

想像することさえもできないかもしれません。

疑う気持ちさえ起こらないかもしれません。




この(思考の)要求に負け、

多くの人は思考観察を途中で投げだしていきます。




*本記事内において語っている「観察者の視点」は、

著書『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』では

「体験の主体」と表現しています。

私たちが伝え合おうとしているその視点は、人によって、感じかたが違います。

ことばにはとらわれずに、感覚的に探り、

その存在を見つだすことを目的に語っていますので、

いくつかの表現を、実験的に活用しています。

「体験の主体」「観察者の視点」「意識の中心」

「気づいている意識」「ただ観ている視点(意識・存在)」など。

どのようなことばを使っても「それ」との関係を深めることができれば、

私たちの目的は達成されます。

ことばのイメージにとらわれるのではなく、

自分にとってピンとくることばを選ぶことが大切です。

今回の記事においては「観察者の視点」ということばが

もっとも伝わりやすいのではないかと思い、

それを選択いたしましたことをご理解お願いいたします。





*つとむさんへ

これまでのコメント記録、ありがとうございました。




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ご購入ありがとうございました。

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コメント:

やまがみさん、色々アドバイス助かっています。ありがとうございます。
ガンガジさんと出会い、思考と離れた自分がいると初めて気付いた時には、私の内部で大地震が起きました。

その後、マイペースでゆるゆると思考観察をしています。
少しずつ思考が剥がれてゆく感じがあります。
かさぶたが取れてゆくような…
これからもよろしくお願いいたします。合掌
2013/02/21(木) 17:31:36 |URL|平井ケンタ #- [編集]
やまがみてるお様
こんにちは
「思考観察
ちゃんと出来ているつもりなのに、出来ていない場合があるという事ですね?
実践しているやり方があっているのか心配になります。        「思考と同一化」とは、気付いた事に、また考えをのせてしまっていると言う事でしょうか?

思考が出て来て、それに気づく、また出て来て、それに気づく…の繰り返しの後、思考が出て来ない事に気付き、「あっ!出て来ない」と思ってしまい、また、そこで、思った事に気付いたのですが…。
こんな感じですが、大丈夫でしょうか?教えて頂けますか?
        いつも、皆さんとの会話は大変貴重なもので、有り難く拝見させて頂いております。

ありがとうございます。
2013/02/21(木) 17:48:14 |URL|蓮華 ホタル #- [編集]
平井ケンタさんへ
こんにちは。

ただ気づくことに意識を向けて、マイペースでいきましょう。

さまざまな手を使って思考は私たちに寄生してきますので!

気づくことでのみ、寄生から逃れられます。
2013/02/21(木) 22:15:59 |URL|やまがみてるお #- [編集]
蓮華 ホタルさんへ
こんにちは。

> 「思考と同一化」とは、気付いた事に、また考えをのせてしまっていると言う事でしょうか?

思考に気づいている「自分」が存在していることに気づいていない状態です。

> 「思考観察」ちゃんと出来ているつもりなのに、出来ていない場合があるという事ですね?

「思考の観察」とは、「思考に気づいている自分」から、思考に気づいている状態をいいます。

> 思考が出て来て、それに気づく、また出て来て、それに気づく…の繰り返しの後、思考が出て来ない事に気付き、「あっ!出て来ない」と思ってしまい、また、そこで、思った事に気付いたのですが

「あっ!出て来ない」と気づいた瞬間が、「ノーマインド」の状態です。

「ノーマインド」の状態に気づいたら、「その状態に気づいている自分」から、「ノーマインド」の状態を観察してください。

思考が出て来て、それに気づく、また出て来て、それに気づく…の繰り返しのときには、「それに気づいている自分」から、思考を観察してください。

このようなことをくり返していくにしたがって、「気づいている自分」―「観察者の視点」「体験の主体」―は定着していきます。
2013/02/21(木) 22:32:05 |URL|やまがみてるお #- [編集]
こんにちは、やまがみさん。
こちらこそありがとうございます。

こんなにも大々的にクローズアップされるとは!(笑)
まだ実践中の身で観察を忘れてしまいがちな私なのに…なんだか恥ずかしいような申し訳ないような感じです…(;^_^A

わかったようなわかってないようなコメントばかりですが(汗)
私と同じように日々観察の実践に励んでいらっしゃる方々の何かしらのヒントになれば嬉しいですね。

そして私も、コメント欄の皆さまの実践における体験や質問と、それに対するやまがみさんのアドバイスをヒントに今まで続けてこれました。
やまがみさん、皆さまには本当に感謝です。
ありがとうございます。
2013/02/21(木) 23:24:49 |URL|つとむ #- [編集]
やまがみてるお様
お返事ありがとうございます。

まだ、観察を始めて間もない私ですが、「思考」が湧き出て来る中で、これは自分のものではない…と言う感覚と言うか、意識になったり、「思考」が「これでもか」と言うくらい襲いかかってきたりとか…イロイロですが、アドバイスを下さったとおりに「思考の観察」「ノーマインドの観察」をただただ繰り返し続けて行きます。
やまがみさんが、著書やブロックで伝えて下さっていること、それを知って実践しなきゃ勿体ないですものね。皆さんの体験や疑問も、大変勉強になります。
本当にありがたいです。

私達読者は、やまがみてるおさんという先生がいて、幸せです。

本当に、ありがとうございます。
2013/02/22(金) 06:32:56 |URL|蓮華ホタル #- [編集]
つとむさんへ
こんにちは。

コメントは、対話が続いていくにしたがって、成長が垣間見え、

本当に、ただ観察しつづけるだけで、

気づきつづけるだけでいいことがわかっていただけると思います。

記事にして一度まとめさせていただきますが、

覚醒への道はまだまだつづきます。

観察をつづけてくださいね。
2013/02/22(金) 14:53:52 |URL|やまがみてるお #- [編集]
蓮華ホタルさんへ
こんにちは。

> まだ、観察を始めて間もない私ですが、「思考」が湧き出て来る中で、これは自分のものではない…と言う感覚と言うか、意識になったり、「思考」が「これでもか」と言うくらい襲いかかってきたりとか…イロイロですが、アドバイスを下さったとおりに「思考の観察」「ノーマインドの観察」をただただ繰り返し続けて行きます。

観察している視点(存在)、気づいている視点(存在)に気づき、
その視点(その意識)から、さらに観察をすることがコツです。

この表現は、「むずかしくて、よくわかりません」という意見をお聞きしてから、
しばらく使っていませんでしたが、こうお伝えしなければ、
「私は観察しているという思考に同一化してしまう」という誤解を招きかねないことが
最近わかってきましたので、やはり、いくらむずかしく感じられようとも、
こうお伝えすることが、もっとも思考の狡猾さから
逃れられる方法なのだと思うようになりました。


> 私達読者は、やまがみてるおさんという先生がいて、幸せです。

ありがとうございます。

けれども、私は道を提示しているだけであり、歩まれるのは、みなさんご自身です。
みなさまを導かれるのは、みなさまご自身のなかの、感覚です。
2013/02/22(金) 15:05:40 |URL|やまがみてるお #- [編集]
はい。
近頃は小さいながらも気付きが多くなり、自分でも変わりつつあるという実感があります。
特に今まで癖でもあった、人を批判し続ける思考自体が激減し、出てきても取り合う必要がないことに気付きました。
つまりストレスが減りました(笑)
このまま観察を続けていこうと思います!!
2013/02/23(土) 00:09:57 |URL|つとむ #- [編集]
つとむさんへ
こんにちは。

> 近頃は小さいながらも気付きが多くなり、自分でも変わりつつあるという実感があります。

思考からはなれた視点から観察をつづけると、自然に変化が起こります。

> 特に今まで癖でもあった、人を批判し続ける思考自体が激減し、出てきても取り合う必要がないことに気付きました。

> つまりストレスが減りました(笑)

これまでは勝手にストレスをつくりあげ、勝手に苦しんでいただけなのですよね!

気づき(体験)が、自然に変化をもたらします。
2013/02/23(土) 19:55:02 |URL|やまがみてるお #- [編集]
おひさしぶりです。
でもいつもブログを楽しく拝見させて頂いています。

また質問させて頂きたいのですが、

>観察している視点(存在)、気づいている視点(存在)に気づき、
その視点(その意識)から、さらに観察をすることがコツです。

これがどうしてもわからない場合は思考観察ではなく、やまがみさんが別の方法として推奨されていた五感の感覚に注視し続ける方がいいのでしょうか?
どうも私は「気付いている意識」に気付こうとするとわからなくてループしてしまうので最近は淡々と単に「思考を観察する」を続けていました。
2013/02/26(火) 13:11:12 |URL|おりえ #- [編集]
おりえさんへ
>こんにちは。

おひさしぶりです。

おりえさんのほかにも、「観察している視点(存在)」、「気づいている視点(存在)」がわからないとおっしゃられている方はいらっしゃいますので、ご安心ください。

> どうも私は「気付いている意識」に気付こうとするとわからなくてループしてしまうので最近は淡々と単に「思考を観察する」を続けていました。

以下、「思考の観察」に関しての質問です。

ということは、
おりえさんは「気づいている意識」(それ自体)に気づこうとしなければ、
「思考に気づいている」ということですね?

おりえさんは「思考観察」をすると、
「思考に気づくことができる」、もしくは思考が起こらない状態を体験され、「思考が起こっていないことに気づくことができる」ということでいいでしょうか?

(以上、「前者」とします)

ここが重要なポイントです。

それとも「『気づいている意識』に気づこうとしていなくても」、「思考には気づけない」のでしょうか?

(上記、「後者」とします)

おそらく、ここでの対話からすると、すでに前者の段階、

「思考の観察」をすると、「思考の起こり」には、距離を置いて気づくことができるようになっている段階ではないかと思います。


前者の段階であればおりえさんは、

「思考の観察」をして、「気づいている意識」(それ自体)に気づこうとしなければ、
「思考に気づいている」というわけです。

「思考に気づいている」のに、その存在(「気づいているもの」)が、存在しないことはありえますか?

「思考に気づいている『それ』(その、おりえさん自身)」

「いまこの瞬間に、これを自問自答している存在」、それが「それ」です。


それは意識を向け、感じることでしか、浮上してきません。

「え? これが?」というものにおりえさんが意識を向けることでその存在が浮上してくる可能性があります。

それは思考で説明できません。思考をこえているのですから。


思考は、これを見破られないように、思考で「それではない」とおりえさんを説得しているだけなのではないでしょうか。


後者の段階であれば、私たちは、「思考の観察をしている振り」をしている思考と同一化している可能性があります。

「私は思考を観察している」という思考と同一化しているのです。

「思考の観察」がうまくいっているときには、「私は思考を観察している」という思考に気づいている自分に気づきます。

「思考の観察」がうまくいっているときには、それは自分自身に説明はできなくても、それ(思考など)を「ただ観ている視点」として感じられます。

「思考の観察」がうまくいっているときは、思考はただ背景のように流れていくものとして目撃され、そこに「思考に気づいている意識」が浮上します。

それがその存在です。

2013/02/26(火) 16:58:07 |URL|やまがみてるお #- [編集]
>おりえさんのほかにも、「観察している視点(存在)」、「気づいている視点(存在)」がわからないとおっしゃられている方はいらっしゃいますので、ご安心ください。

ああ、そうなんですか。良かったというのも変ですが。やまがみさんはメンタルでも「気付いている意識」に気付かれたのであればエゴの強さは無関係なのかなと思うのですが。

私の場合の思考観察は「思考に気付く事が出きる」です。

>「思考が起こっていないことに気づくことができる」ということでいいでしょうか?

これは多分ないです。

「思考に気づいている」のに、その存在(「気づいているもの」)が、存在しないことはありえますか?

>ここはちゃんとわかるのです。
認識というのは認識されるものと、認識する者に分かれるのだから、認識している以上、認識している存在があるという事。

ただ。。。。。

>「思考に気づいている『それ』(その、おりえさん自身)」
「いまこの瞬間に、これを自問自答している存在」、それが「それ」です。
それは意識を向け、感じることでしか、浮上してきません。

これは???なんです。

>思考は、これを見破られないように、思考で「それではない」とおりえさんを説得しているだけなのではないでしょうか。

わからないです。それ自体というものを感じられないというか。。。

>「思考の観察」がうまくいっているときには、それは自分自身に説明はできなくても、それ(思考など)を「ただ観ている視点」として感じられます。

「思考の観察」がうまくいっているときは、思考はただ背景のように流れていくものとして目撃され、そこに「思考に気づいている意識」が浮上します。

それがその存在です。


これは無いです。
私はずっとここ最近は単に思考観察だけしていますが、本当に単なる観察です。
「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」とその瞬間の思考には気付けます。
ただそれだけです。
どれだけ観察しても
>「ただ観ている視点」として感じられます。
>そこに「思考に気づいている意識」が浮上します。

という体験は無いです。
個人的ナ感覚としては本当に単なる「思考観察」
だなと思います。
やはり向き不向きというのがあるんでしょうか。
2013/02/27(水) 01:59:49 |URL|おりえ #- [編集]
おりえさんへ
こんにちは。

(最初のうちは少し、おりえさんの返信をそのままくりかえしています)


> 私の場合の思考観察は「思考に気付く事が出きる」です。

> > 「思考が起こっていないことに気づくことができる」ということでいいでしょうか?

> これは多分ないです。

> > 「思考に気づいている」のに、その存在(「気づいているもの」)が、存在しないことはありえますか?

> ここはちゃんとわかるのです。

> 認識というのは認識されるものと、認識する者に分かれるのだから、認識している以上、認識している存在があるという事。

> ただ。。。。。

> > 「思考に気づいている『それ』(その、おりえさん自身)」
> > 「いまこの瞬間に、これを自問自答している存在」、それが「それ」です。
> > それは意識を向け、感じることでしか、浮上してきません。

> これは???なんです。


では、

うえの「これは ??? なんです」のとき、「思考が起こっていない」からなのではないでしょうか。

思考(ことば)で説明できないから、「???」と感じるのではないでしょうか。

それは、思考やことばでは説明することができません。

ただ「なんや、これやったんか!」と拍子抜けするくらい、
あたりまえの「それ」に意識を向けようとしています。

> 私はずっとここ最近は単に思考観察だけしていますが、本当に単なる観察です。
> 「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」とその瞬間の思考には気付けます。

ではこのときに、そのあと、どうなりましたか?

私は「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」と気づいたあと、
その「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」などの思考は、
その後、どうなるかも、観察してください。
2013/02/27(水) 16:41:53 |URL|やまがみてるお #- [編集]
度々丁寧なお返事ありがとうございます。

>思考(ことば)で説明できないから、「???」と感じるのではないでしょうか。

う~ん、「それ」の存在自体を感じないのです。
「???」はこれは何だという意味ではなく、その存在が感じられない、わからないという意味で使用させて頂きました。
それでつい「それ」を探すのに思考を使いループになってしまうのだと思います。

「それ」に気付いた時どんな感覚になるものなのでしょうか?
安心するとか静かな感じとかそういう類のものを感じるのでしょうか?

>ただ「なんや、これやったんか!」と拍子抜けするくらい、

今までこの感覚を感じたことはないです。

>私は「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」と気づいたあと、
その「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」などの思考は、
その後、どうなるかも、観察してください

暫くじっと見ていると消えます。
2013/02/27(水) 19:29:15 |URL|おりえ #- [編集]
おりえさんへ
こんにちは。

(以下、前回の返信より)

>(おりえさんは)「思考が起こっていないことに気づくことができる」ということでいいでしょうか?

これは多分ないです。

(以下、今回の返信より)

> 私は「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」と気づいたあと、
> その「〇〇と思っている」「〇〇と感じているなあ」などの思考は、
> その後、どうなるかも、観察してください
>
> 暫くじっと見ていると消えます。

思考は観察すると消えます。

思考が消えている状態とは、思考が起こっていない状態、「ノーマインド」の状態です。

> 「それ」に気付いた時どんな感覚になるものなのでしょうか?
> 安心するとか静かな感じとかそういう類のものを感じるのでしょうか?

何も大きな変化はありません。

「快」が起こるのは、この視点で思考の観察になれ、
思考とは信じるに値しないということが理解され、それの起こりに抵抗せず、ただあるがままに流せるようになったときに、「快」が残ります。

それが起こったからといって、突然の変化は、何も起こりません。

いままでとまったくおなじ出来事がつづいていきます。

ただ、自分が「ノーマインド」であることに気づいているだけです。

それが「ノーマインド」です。その状態を感じ、その状態を評価していください。

その「ノーマインド」から、思考を観察しつづけてください。
2013/02/27(水) 19:47:39 |URL|やまがみてるお #- [編集]
色々アドバイスありがとうございます。
やまがみさんから頂いたアドバイスを何度も読ん
でみます。

あとひとつだけ質問させて頂きたいのですが、

>思考が消えている状態とは、思考が起こっていない状態、「ノーマインド」の状態です。

>ただ、自分が「ノーマインド」であることに気づいているだけです。
それが「ノーマインド」です。その状態を感じ、その状態を評価していください。

ここまではよく理解出来たのですが、

>その「ノーマインド」から、思考を観察しつづけてください。

がよくわからないのです。
「ノーマインド」の状態で思考や感情が沸いてくる状況というのがよくわからないのです。

私の中で「ノーマインド」は思考、感情が起こっていない状態と捉えていました。
そういう状況になる事は瞑想等をして度々あります。

何かがわかりかけている気がするのですが。
2013/02/28(木) 11:33:28 |URL|おりえ #- [編集]
おりえさんへ
こんにちは。

> >思考が消えている状態とは、思考が起こっていない状態、「ノーマインド」の状態です。
> >その「ノーマインド」から、思考を観察しつづけてください。

思考を観察すると(意識性が高まっているとき)、思考は比較的起こりません。

これが「ノーマインド」です。

「その『ノーマインド』から、思考を観察する」とは、
「その後、いつ思考が起こっても、すぐに気づくことができるように」という意味です。

その状態では、「ノーマインド」ですが、気をゆるすとすぐに思考は起こります。

そうしてまた無意識に、思考に同一化してしまいますので、それを避けるために、
自分がそのとき『ノーマインド』であることを意識し、さらにその後、いつ思考が起こっても
すぐにそれに気づけるように注意しつづける(意識しておく)という意味です。

「ノーマインド」の状態では、思考や感情は起こっていません。
ただ、その状態とともにあってください。
そのまま「思考を見張りつづける」という意味です。

> 「ノーマインド」の状態で思考や感情が沸いてくる状況というのがよくわからないのです。

「ノーマインド」の状態から、ふたたび「無意識」に移行がはじまったときに「思考や感情が起こり」はじめます。

この瞬間に気づく練習をいっています。

そして思考が起こったら、すぐにそれに気づき、その内容を変えようとしたり、止めようとしたりせず、ただ観察してください。

そうすると、すぐにまた思考は消えていき、「ノーマインド」に戻ります。

> そういう状況になる事は瞑想等をして度々あります。

「瞑想の意識状態」と「悟りの意識状態」は非常に近いです。
ですから「瞑想」は修行になり、多くの人が推奨しています。

けれども、残念なことに、「ただ瞑想をするだけ」では、悟りは簡単には起こっていないことが現状です。

この溝を埋めるために「『気づいている視点』の確立」が必要だと私はとらえています。


「ノーマインド」の状態から、ふたたび「無意識」に移行がはじまったときに
「思考や感情が起こり」はじめますので、その瞬間に気づきたいのですが、
もしも、朝目覚めてから、眠りにつくまで、ずっと「ノーマインド」であるなら、
すでに定着していますので、「ノーマインド」の状態から、
ふたたび「思考や感情が起こり」はじめることは、ほとんどなくなります。
2013/02/28(木) 16:50:05 |URL|やまがみてるお #- [編集]
何回も丁寧なお返事ありがとうございます。
頂いたたアドバイスは何度も読み返します。
ありがとうございました。
2013/02/28(木) 18:51:59 |URL|おりえ #- [編集]
おりえさんへ
いいえ、どういたしまして。

こちらこそ、いつもありがとうございます。
2013/03/01(金) 23:16:30 |URL|やまがみてるお #- [編集]
質問
「何か出来事を体験すると、
 思考はすぐに「ノー」と反応します。」
という文章がありますが、「ノー」という
反応って具体的にどうゆうものですか? 

2013/03/25(月) 14:12:32 |URL|中村 #- [編集]
中村さんへ
> 「何か出来事を体験すると、思考はすぐに「ノー」と反応します。」
> という文章がありますが、「ノー」という反応って具体的にどうゆうものですか? 

たとえば、レジで並んでいるときに遅いと感じたときに、その時間を楽しんでみることや、

すれ違った人と肩がぶつかり、自分の権利を主張したくなったときなどです。

過去記事のなかでほかにもいくつか具体的に提示していますので、過去記事もご参照ください。
2013/03/26(火) 15:14:56 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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プロフィール

やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

ぜひ、ご覧ください!

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