誰でも「悟り」プロジェクト   意識の中心みいつけた!

やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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私たちが「自分だけが正しい」と感じている理由とその対処法

01-25(金)14時24分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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はじめてお越しの方は、「こちら」を見てね。




本日(2013年1月25日)、23時30分より、

いつもお世話になっております川畑奈美さんが、

内田達雄さんとパーソナリティをされておられる

ラジオ番組『夢をかなえる かたりあげどらいぶ』の

「わくわくが道しるべ」のコーナーで、

『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』をご紹介くださります!

今晩のゲストは「感性の書家」泉寿ふゆみさんです。

お時間にご都合がつきましたら、ぜひお聴きください!




2013年1月25日(金)23時30分~24時00分放送。

この時間に、

インターネットFMGIGのHPにアクセスし、トップ画面の再生ボタン、

▽のボタンを押すと聴くことができます。

よろしくお願いいたします♪




*****




私たちは、自分のことを正しいと感じ、

それゆえ、自分と違う考え方の人と遭遇すると、

その人は間違っていると感じる傾向にあります。




今回はこのことについて、考えてみたいと思います。




私たちは、自分の考えを無条件で正しいと感じます。

自分の考えを正しいと感じるのですから、

必然的に自分と反対の考え方をする人を、

理解することはできません。




ここから私たちは

「『自分=正しい』 ゆえに 『相手(他者)=間違い』」

という結論に到達していることがわかります。




けれども、この考え(判断)こそが、すべての元凶です。




「自分=正しい」 と感じることとその理由は、信頼に足るものでしょう。




けれども、それを他者にまで投影しているところが問題なのです。




そもそも、どうして私たちは 「自分だけが正しい」 と感じるのでしょうか? 




それは私たちが、自分の視点をとおしてしか、

世界を見てきていないからです。




それぞれの体に宿り、その内側から、

自分の体をとおして体験したことのみを経験してきているからです。




すなわち私たちとは、限定された視点でのみ、

世界を体験することができる存在形態であるということです。




私たちには他の人の体験を、経験することはできません。




人生で経験することが、してきたことが

「自分の体験の100パーセント」 を形成します。




「自分の体験の100パーセント」 から、

ものごとを判断していることによって、

この範囲 (自分の経験から得られた結論である 「いまの考え」 ) をこえる、

他者の考えはすべて、間違いに感じるのです。




すべての人がこれをおこなっています。




自分の意見に固執したまま。




こんな調子で、分かり合うことができるでしょうか。




できるわけがありません。




世界中のすべての人が、自分だけの体験をもっています。




それぞれの人生のすべてをとおして

「自分の体験の100パーセント」 をつくりあげ、

それとともに生きています。




自分とおなじようにすべての人が

「自分のことを正しいと感じる経験を生きている」 のです。




この視点への転換が起こると、私たちは

「自分だけが正しい」 から 「すべての人がありのままで正しい」

という視点へと転換していくことができるようになります。




「『自分=正しい』 ゆえに 『相手(他者)=間違い』」ではなく

「『すべての人が正しい』 ただし、それぞれの視点において」

という感覚へと変ります。




すべての人が、それぞれの体験を生き、

それぞれの意見をもち、世界と向き合いながら、生きています。




自分と正反対の意見をもつ人も、そのままで正しく、

それは相手を自分とおなじ考えかたにする必要もなく、

その権利も責任もないことが理解されていることを意味します。




現代の地球上に住む、自分以外の70億人の人をあるがままに認め、

調和して生きていくことができます。




これこそが、真に平和を実現する生きかたではないでしょうか(*)




(*)ただし、ここで私は、人間としてのすべての権利を放棄せよ、

  といっているのではありません。

  自分の権利は主張します。その結果はゆだねます。

  他の人も、自分とおなじように 「自分=正しい」 と感じていることを理解して

  「相手=間違い」 という視点から脱して、世界とかかわっていく生きかたです。

  「自分の考えは、正しく感じる。おなじくして相手もそのままで正しい。

  ただし、どちらもそれぞれの視点において。

  そのうえで、時代の判断にゆだねる」 生きかたです。

  自分の権利は放棄することなく主張します。結果はゆだねます。

  他者のありのままを否定せず、その時代のルールの判断が、

  あるがままの結果へと導いてくれることにゆだねます。





*ワンクリック、応援おねがいします。

 みんなで世界観を転換しましょう♪

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コメント:

若い方達へ
(若い方達へ)
 キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
 虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
 それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』
という教義から来ております。
 他人を絶対にあやめてはいけません。
 間違った宗教に幸せな未来はありません。

 キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
 そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
 どの宗教も同じという話は無くなると思います。
 やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009


題: インディアンの知恵。
.
 コロンブスの発見がきっかけとなったアメリカ大陸は、その後、
白人の論理、及び、キリスト教の論理でいい様にされた。
 私物の如く、なめ尽くされた。
 英国のピューリタンは、自国での宗教トラブルで自国に居られな
くなりアメリカへ逃れ、やって来た。
 1620年の事である。
 オランダは、ピューリタンのその時から遅れること6年の1626年
ころ、アメリカに来た。
 植民地化してニューアムステルダムを建設し始めた。
 英国の初めての入植は、ピューリタンより13年早く、バージニア
に入った。
 最初に入った人は、本国で食いつぶした年季奉公人で、次に、ア
フリカの黒人の方たちが奴隷として入れさせられ、酷使され、大土
地経営のプランテーション型植民地で、家畜同様に働かせられた。
 非人道的経営で事業を拡大して行く。
 道具とされたのは同じ人間の黒人奴隷の方たち(キリスト教聖書
で奴隷が説かれている。利用できる弱者を家畜の様な奴隷として使
うということを)。
 オランダが建設したニューアムステルダムは、約40年後に、英国
に奪われ占領され、名前がニューヨークと変えられた。
 フランスは、ピューリタンの入植の年を遡(さかのぼ)る事12年
の1608年に、ケベックに貿易拠点を作った。
 そして、そこからアメリカの内部地へ進出して行った。
 ローレンス川を遡り、五大湖へ進み、そこからミシシッピ川を下
り、ピューリタンの入植の年から62年の後の1682年にメキシコ湾の
河口へ至った。
 その地をルイジアナと命名した。
 そして、領有権を主張した。
 それから32年後の1717年にニューオーリンズを建設した。
 仏領は英領を取り囲むように展開され、英仏間は、険悪な状態に
あった。
 ヨーロッパ本国同士が戦争状態となり、続けてアメリカの地も戦
争の様相が高まる険悪状態となった。
 スペインも黙って見てはいなかった。
 スペインは、既に、キリスト教徒とそれに同行したキリスト聖職
者たちが、南米・中米・北米メキシコなどで、人非人の様な殺戮に
継ぐ殺戮で、領土を我が物にして来たが、その続きで、アメリカに
ついては、ピューリタン入植より遡(さかのぼ)ること55年の1565
年に、既に、フロリダ半島に砦(とりで)を建設していた。
 そして、ニューメキシコやアリゾナに進出した。
 既に、スペインは極悪なやり方でメキシコに拠点を設けていたの
で、アメリカにおいては、1588年にスペインの無敵艦隊が敗れた事
もあり、そして、国力の急激は衰退もあったため、テキサスやカリ
フォルニアに進出するが、入植は少なく、アメリカの地は、実質、
英仏とオランダの間での争奪戦となった。
 この形相は、まったく、国の規模での、私利私欲の弱肉強食の強
盗行為で、地獄の様相の世界だった。
 キリスト教及びキリスト教聖職者たちには、それを押しとどめ、
反省する境地も、考えも教義も、力も、何もなかった。
 キリスト教聖職者は、一緒になって行動し、誰も居なくなった荒
れ地にキリスト教会を建てるという行動だけだった。
 英国は、特に、利益を求め、アメリカに限らず世界各地を跋扈(
ばっこ)した。
 当時、英国は絶対王政であり、商業による利益追求獲得に躍起(
やっき)となっていた。
 貴族層が輸出作物生産用の大土地を獲得し、富を拡大したいと餓
鬼の境涯にいた。
 また、英国内の土地を失った貧しい農民がアメリカの土地を求め、
自作農になりたがっていた。
 その為、年季奉公人が大量に移住した。
 その移住において、移住者の保護の為の本国からの常備軍を常駐
させるという行為はなかった。
 理由は、膨大な費用がかかるためだった。
 植民者自身が生命や財産の防衛をすること、「自衛」によること
を基本とした。
 故に、侵入者(入植者)は自衛のための武器を持った。
 アメリカへの進出の目的に土地を得たいという目的があったため、
既に、アメリカ先住民の「インディアン」との衝突の因は厳然と存
在した。
 当時、アメリカには約200万人のインディアンが生存していた。
 この方々に、これから悲惨な歴史が展開される。
 当初、キリスト教徒の入植の初期、侵入者たちは、少数である事
もあり、また、北米大陸の厳しい冬の気候の越冬方法を知らなかっ
たため、「サー・ウォーター・ローリー」の様に入植に失敗して英
国に帰る例もあった。
 その為、先住民のインディアンから越冬方法を習い、トウモロコ
シの栽培法を習って食いつないで、か細く生活をしていた。
 また、バージニアに入植した「ジョン・ロルフ」の様に、インデ
ィアンの娘と結婚する例もあった。
 (ポーハタン族の族長の娘・ポカホンタス)。
 この結婚は「政略結婚だ」と言われている。
 初期は、この様に、共存の行動がとられたが、しかし、後に、イ
ンディアンは裏切られ、牙(きば)をむかれる。
 キリスト教は、少数の宗派である「クエーカー教徒」の善行の例
をあげて、大々的に声を大きくして美談や言い訳を言うが、まった
くのプロパガンダであり、クエーカー教徒は、少数宗派であり行動
も一部の小規模の行為であり、言い逃れである。
 人々に誤認混同を起こしている。
 本当のこと、真実は、土地強奪の殺戮を伴う極悪行為である。
 その悪行為、キリスト教徒の悪行為を隠すものだ。
 また、インディアンには、争いがあっても相手を残酷に殺戮しな
いという行動があった。
 それは、争いがあっても「相手を滅しない」という考えで、また
それは、少数民族のインディアンの争い方で、先祖からの教え・智
慧であった。
 インディアンと戦ったイギリス人将校がいう。
 その証言で「まず、インディアンと戦って流血が少ない事に驚い
た」と言う。
 そして「インディアンは近づいての酷(むご)い殺し合いは避け
ている」と言う。
 その事が分かったと言う。
 将校は言う「我々ヨーロッパ人は、敵に近づき、銃弾を直射する
が、そして、その行為は、よく、しばしばするが、彼等はしない」
と。
 インディアン社会は生産力も弱く、生産従事者の減少は痛手であ
る事、民族の損失をまず知っていて、民族としての認識の上に共倒
れを避けていた。
 『儀礼的戦争の思想』とも解釈できる。
 キリスト教の編まれた古代の砂漠の地では、飢餓と飢えとの世界
と背中合わせだったが、その様な環境の中で、キリスト教が考えた
事、教え説いた事は、聖書の申命記を見ると分かる。
 その様な時、民族の生存を大義名分として「(キリスト教の)神
の義があれば、人を誅しても良い」という教義・考え方が説かれ、
行動の原点となっていた。
 神の義を錦の御旗として、隣国の富を奪いに行く。
 そして、キリスト教の神は叫ぶ。
 「殺せ、殺せ」と。
 そして、「○○人は皆殺しにせよ」と、そして、「△△人は男だ
け殺せ」と。
 また、神は叫ぶ「生娘は生かしておけ」と、そして「奴隷にせよ、
奴隷にせよ」・・などと。
 インディアンは、苦しくとも、最後は自分たちに戻って降りかか
ってくる悪行為だと理解している。
 キリスト教の教えとの差である。
 そのインディアンの、その後の運命は、ヨーロッパ人の侵入者と
の激しい殺戮で、その相互殺戮の激しさの中でインディアンは激減
し、入植者の数は増え、土地を巡る争いの益々の増加の中に歴史は
展開する事となる。
 今、人類は益々大量に、無差別に、人々を殺戮する兵器を持つ状
態となっているが、次なる兵器は自分以外の人間は全てを全滅させ
るものとなっていくだろう、その道を歩んでいる。
 インディアンの知恵が大切なのだ。
 題:インディアンの知恵。(完)

参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
2013/01/26(土) 02:28:22 |URL|ねこにゃんちゃん #4fB9XOpA [編集]
こんにちは 
私も「正しい」を相手に向けていました。

それは、相手が間違ってるから、正しい事を教えてあげているんです。
何故か…と言うと、私が正しいと思っているから。

そして、私の、「正しい」は、親から教えられた「正しい」に、自分の物差しや、色眼鏡を上乗せして見るから、相手を評価してしまっているんです。
そして、それが、相手を批判しているってことに気付かないんです。
自分は、「正しい」と思って、相手に教えてあげる善意だとしているから…。

「正しい」と言うものは、ガチガチの岩石です。

そんなものが、私と言うものにしがみついていたのです。

私は、友達の言葉でやっと気付けました。
気付かされた…って感じです。
気付いた時は、笑いが出ました。

自分の「正しい」と思ってることのすごさと恐ろしさに…。

「自分を見る」事大切ですね。

これからも、岩石を磨いて行きます。
やまがみ様
いつも、ありがとうございます。
2013/01/26(土) 17:05:07 |URL|蓮華ホタル #- [編集]
こんばんは^^
まるまるさんのブログから引用をさせていただきます。
OSHOの言葉だそうです^^

(引用開始↓)

本当に宗教的な人(目覚めた人)、それは生にイエスという人だ。
なぜなら、生は神だからだ。
それはこの世にイエスと言う人だ。
なぜなら、この世は天国の一部だからだ。
それは肉体にイエスという人だ。
何故なら、肉体は魂のすみかにすぎないからだ。
そしてそれはすばらしいすみかだ。
それはすばらしい我が家だ。
それはすばらしい召使だ。
本当に宗教的な人は、すべてにいかにイエスと言うかを知っている。
彼のイエスは超越をもたらす。
彼のイエスは無我をもたらす。
彼のイエスは無心の状態をもたらす。
それを別の角度から見てみるといい。
もしあなたがノーといったら、心にはただちに多くのすべきことが生じてくる。
ノーといったら、あなたはみずからのノーを支持する論拠を見つけなければならない。
ノーとは議論だ。ノーとは論理だ。
ノーと言えば言うほど、あなたは一層理屈っぽくならざるをえない。
イエスと言ったら、論争をする必要などなくなってしまう。
イエスは終止符だ。
ノーは一連の理屈の流れの始まりにすぎない。
ノーと言う人はもっともっと理屈っぽくなる。
生に、愛に、存在にイエスということを知っている人は、徐々に理屈を振り回さなくなっていく。
徐々に理屈を振り回さなくなっていくことで、調和の度合いが深まっていく。
理屈っぽくなればなるほどさらに輪をかけて、喧嘩腰になり、暴力的になっていく。
議論はたんにあなたの心が不調和な状態にあることをしめしているに過ぎない。

(引用終わり↑)

やまがみさんの今回の記事、納得でした^^
ねこにゃんさん、ホタルさん初めまして^^
ねこにゃんさんのおっしゃる話聞き入ってしまいました^^
一神教が多神教に比較して、その教義が戦争の名目に利用されてきたのは歴史的事実です。
創始者の想いは別にして、です。
だからこそ今「どうやって」世界の悲惨を変えていくか。この時代に生きる私たちには大事なんでしょうね^^
コメント欄に並ばせてくださいな^^
2013/01/26(土) 18:37:05 |URL|nobody #noRfYm1U [編集]
ねこにゃんちゃんさんへ
人類は長く痛々しい歴史をくりかえしてきていますものね。

現代に生きる私たちは、

おなじ過ちをくりかえさないようにするためには、

何ができるのかを、学んでいる最中なのだと思いました。
2013/01/27(日) 01:11:43 |URL|やまがみてるお #- [編集]
蓮華ホタルさんへ
こんにちは。

蓮華ホタルさんのいうように、思考と同一化しているとそのようなことが起こります。

私たちは人生経験のすべてをとおして、自分の信じる意見や判断をつくりあげてきました。
そしてすべての人がおなじなのですよね。

私もまだまだですので、どんどん精進していきたいと思います!
2013/01/27(日) 01:25:02 |URL|やまがみてるお #- [編集]
nobodyさんへ
こんにちは。

さすが、OSHOさんですね。

いつもすてきな おことばのご紹介、ありがとうございます。

創始者はすべてが一つであることを見、それをお伝えしているとしても、それを受け継いだ人にその体験が伝わらないと、やがて教義(理論)に成りさがってしまうのでしょうね。

現代に生きる私たちは、これからどんどんと力を合わせて、自我の時代の終焉に貢献していきたいと切に感じました。
2013/01/27(日) 01:32:37 |URL|やまがみてるお #- [編集]
カレンダーつけてほしいのですが?
過去の記事を読むのに、
過去からさかのぼる事が出来ないブログの構成になっているようです。
カレンダーを付けてくださいませんか?
2013/01/28(月) 02:47:48 |URL|はち #- [編集]
はちさんへ
ご提案、ありがとうございます。

カレンダーつけてみましたので、

ご活用くださいませ♪
2013/01/28(月) 03:42:26 |URL|やまがみてるお #- [編集]
やまがみさま、さっそくガレンダーをつけてくださいましてありがとうございます。

わかりやすく悟りを説明してくださって、
本当に感謝します。


2013/01/30(水) 07:07:39 |URL|はち #- [編集]
はちさんへ
こちらこそ、提案、ありがとうございました。

これからも、よろしくお願いします♪
2013/01/30(水) 22:59:29 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

ぜひ、ご覧ください!

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