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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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あなたのなかに俯瞰的な視点は存在していませんか?

06-05(火)21時52分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。




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思考とは、私たちが人生を

よりよい方向へと向けるために、

つぎの自分の行動を決定するために

判断するための道具です。




完全に、とはいかなくても

この思考が、私たちの人生の主導権を

剥奪することがあります。




20代のころ私は数年間ですが、

「すべてが完璧でうまくいっている」と感じ、

人生がそのとおりに展開している時期を経験しました。




いまから思うと、このころの私は

無意識のうちに、悟りの意識状態を

生きていたのです。




無意識のうちに悟りの意識状態、

もしくはそれに近い状態を

生きている人は存在します。




けれども、無意識であるがゆえ、

その状態は些細なきっかけで崩壊しえます。




私のそのころの意識状態

俯瞰的視点001


「プンプンしたって、事態はよくならないよ

そんなことより、いまやるべきことをやろう!」


たいてい仕事で第三者に対して、

納得のいかないことなんかが起こったときに、

その人格は、そんなふうにいって私をたしなめてくれました。


いいとか悪いとかいわずに、私は目のまえの仕事に向かい、

うまくいくということを経験しました。




私はつねに自分の人生を俯瞰して

見ていることに気づいていました。




出来事に対する頭のなかのおしゃべりが、

私の人生を邪魔しようとしても、

すぐにそれに気づき、

それに対して冷静に対処し

たしなめることができていました。




俯瞰的な視点は人格(意識?)をもっており、

私はその人格に自分のなかに住む

第三者のようにニックネームをつけて

よく質問をしていました。




質問に対する答えは明確で、

いつも私を正しい方向へと導いてくれました。




あるときには大きな事故の危険から

救ってくれた(直感的に進む方向を教えてくれ、

それに従ったことによって事なきをえた)

こともありました。




当時の私はその状態が

あたりまえの自分の意識状態であったため、

すべての人にそういう人格が住んでおり、

そういう視点をもっていると思っていましたが、

そうではありませんでした。




さて、いよいよ

私に些細な出来事が起こり、

思考の濁流のなかへと飲み込まれていきます。

(私の自我にとっては些細ではありませんでしたが・・・)




そんな出来事を機に、

私はうちなる人格に疑問を感じはじめました。




このような出来事が起こったということは、

うちなる人格は私を守ってくれなかった?




しだいに、うちなる人格の声は聞こえなくなっていきました。

(じっさいには、私の側が、波長が合わなくなったのですが・・・)




やがてうちなる人格が存在していたことすら、

忘れ去られていきます。




その後は思考が

私の人生の主人の席に座しました。




無数の頭のなかのおしゃべりが

私を操ります。

無数のおしゃべりのなかには

互いに矛盾しあっているものもありました。




私はその矛盾に気づかず、

必死ですべてのおしゃべりに従うべく

翻弄されます。




自律神経失調症を発症し、

うつを発症しました。




当然のことだったと思います。

すべての矛盾に自分を合わせることなんて

不可能なことなのですから。




それでも思考は私にそれを要求してきました。




頭のなかのおしゃべりは、

自分の声ではありません。

多くは、ほかの人たち

―たとえば両親や、教師など、

人生の先輩たちや、本やテレビなどのメッセージもそうです―

から聞いたことばであることが多いものです。




頭のなかに住み着いた、

そんなやっかいな居候の声に、

私は必死で従おうとして、長く自分を見失いました。




無意識のうちにでも、

俯瞰的に自分を見つめることができる視点を

獲得している人は存在します。




人生に何の問題もないように感じているかもしれません。

けれども無意識であるということは、

ほんの些細なきっかけで

その状態が崩壊しうる危険性を秘めています。




あなたのなかに

そんなつねに冷静な

俯瞰的な視点は存在していませんか?




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コメント:

なるほど。
ゼロ視点というのは、そういう在り方のことなんですね!なるほど~~~~。
この「なるほど~~~」とうなっている自分に気づいているということですね!
2012/06/06(水) 10:29:37 |URL|emi. #- [編集]
emi. さんへ
こんにちは♪

コメントありがとうございます。

> この「なるほど~~~」とうなっている自分に気づいているということですね!

気づいている自分に、つねに気づいているという感じです。

ほんとうに些細なことなのですが、
人生経験の蓄積によって、それが忘れられていくのですよね。
2012/06/06(水) 23:06:09 |URL|やまがみてるお #- [編集]
むむむ~~!!
やまがみさん、教えてください。
気づいている自分に、つねに気づいている感じというのは、あの『目』が気づいている自分だと思うのですが、その『目』の存在に気付いているということですか?
2012/06/07(木) 10:32:59 |URL|emi. #- [編集]
こんにちは。
常に気づいている・・・
常に意識している・・・

なかなか続きません(泣)自我にやられっ放しで情けないです。

問題がなく日常が穏やかに過ごせているときはたやすいです。
ですが、何か問題とするもの、悩みが出てくると思考に囚われてしまいます。
それでも囚われっぱなしの思考の中、時折集中して意識します。
時間にしたら瞬間、瞬間です。

ここまで思考に囚われてしまうような悩みやストレスを抱えていると、ワークやセッションをしていっそスッキリしてしまった方がいいのでしょうか?

それとも問題があったらいけない、トラブルがあったらいけないという観念がそうさせて(意識できなく)いるのでしょうか?

すみません、今日は愚痴になってしまいました(汗)




2012/06/07(木) 13:07:48 |URL|さおっち #HFPCtE.A [編集]
emi.
emi.さん、こんにちは♪

「目」の存在が、自分の体験していることに対して気づいている状態です。

自分の状況を俯瞰的に見ている「目」の存在に気づくことは最初の段階です。
さらにそのあと、その目が、自分の体験していることを
冷静に見ることができるようになっていきます。

何かしゃくにさわるようなことが起こって、急に「カッ」となったら、
自分が「カッ」となっていることに気づき、
どういう状況を体験して「カッ」となったのかに気づいている状態です。

たいてい私たちは、いつもおなじような状況を経験すると「カッ」となったりするものです。

それに気づくと、それが自分のクセ(習慣)であることが、その「目」に理解され、
その後、おなじような状況を経験しても、しだいにその状況に巻き込まれにくくなっていくようになります。
2012/06/07(木) 14:43:23 |URL|やまがみてるお #- [編集]
さおっちさんへ
こんにちは♪

> 常に気づいている・・・
> 常に意識している・・・
> なかなか続きません(泣)自我にやられっ放しで情けないです。

すばらしい!

「自我にやられっ放しで情けない・・・」

これは、自我に翻弄されていることに気づきはじめたからこそ、感じることのできることではないですか?

ほんとうにやられている人は、このことに気づかず、自我と完全に同一化しているのですから。

けれどもいまはさおっちさんは、やられたあと、やられていたことに気づきはじめました。

自我はやばいと思って、さおっちさんを再度自分のコントロール化に引き戻そうと働きかけます。

「どうだ、情けないだろう! ほうらまた自我にふりまわされた!」

そんなふうにいっている自我の存在と、それにさえ巻き込まれる必要がないことに気づきはじめると、さらに楽になっていくでしょう。

> 問題がなく日常が穏やかに過ごせているときはたやすいです。
> ですが、何か問題とするもの、悩みが出てくると思考に囚われてしまいます。

誰もが経験する、している当然のことですので、安心してください。

> ここまで思考に囚われてしまうような悩みやストレスを抱えていると、ワークやセッションをしていっそスッキリしてしまった方がいいのでしょうか?

ワークやセッション、日常の喧騒からはなれるなどは、あくまでも手段の一つです。
ただし日常はつねに私たちの心を乱すような出来事に満たされています。
必要だと感じたら、感じたものを活用すればいいと思います。

あくまでも、日常的に自分と思考との正常な関係(思考から離れた視点の確立)をとりもどす練習(習慣化)が大切です。

> それとも問題があったらいけない、トラブルがあったらいけないという観念がそうさせて(意識できなく)いるのでしょうか?

ここがそもそもの原因です。

問題とは何か?
問題と決めているのは誰か? もしくは何か?

私たちの思考が、「こうあってほしい」「こうであるべきだ」「こうであらねばならない」など、
こういったことをいったときにすぐにそれに気づき、うえから自分を俯瞰する「目」を見つけましょう。

それは自分の外部から、自分の体験を観察する視点です。

そのときの自分の体験を俯瞰的に観察できるようになっていくと、
自分の感じていることと現実との関係が見えてきます。

問題があったらいけないと思うということは、問題の定義があることを意味します。

自分にとっての問題と、ほんとうの世界との出来事には、何の関係もないかもしれません。

雨が降ったら、外出するのがいやになります。
「ああ、仕事に行くのが、いやだな」
けれども、雨は植物を育て、大地を潤す大切な現象の一つです。

頭のなかに、「雨はいやだな」という概念がなければ、雨は問題ではなく、恵みに変わります。

問題を決めているのも、私たちの過去の経験です。

問題があってはいけないという思考が、
問題とは何かを決定し、その出来事を「問題」に分類して体験します。

これが見破られれば、問題と感じるようなことが起こったときに、
「ああ、私がこれを問題としてとらえているからか」とそのつど理解でき
冷静に対処することができるようになっていきます。
2012/06/07(木) 15:12:53 |URL|やまがみてるお #- [編集]
問題はなかった・・・?
こんにちは。

お返事いただいて、じっくり自分の感じる不快感を感じてみました。

そう、いつもこの感じなのです。
一体何が問題なのか?と自分に問うてみましたが、返答がありません。
じゃあどうなって欲しいのか?と問うてみましたが、返答がありません。
でも気づいてみようと思いました。
そしたらそれは不安でした。

でも自分が強く反応するパターンがわかりました。

これはすんごい問題だ!!
と自我がさわいでいたのですが、問題は何もなく、私の改善点だけが見えてきました。
(私がはっきり嫌なことを嫌と言えないだけです。エゴなしに私はこう思うんだけどどうかな?という一言が言えたら何も問題はなかった)

これが解っただけでもまるもうけ!な気分です。

気づきにも深さがあるのかな?
単に怒っているというのも気づきだけどもっと
根っこのような深い気づきというか怒りは悲しみだったりとか、認められないというのが怒りになっていたり・・・

でもあまり考えずに、瞬間瞬間をただ気づいていればいいのかな・・・?とも思いました。

やまがみさん ありがとうございました。
2012/06/10(日) 18:15:26 |URL|さおっち #HFPCtE.A [編集]
さおっちさんへ
こんにちは♪

> これはすんごい問題だ!!
> と自我がさわいでいたのですが、問題は何もなく、私の改善点だけが見えてきました。

問題が外側にあるのではなく、内側にあることに気づけたことはすばらしい前進ですね。

> エゴなしに私はこう思うんだけどどうかな?という一言が言えたら何も問題はなかった
> これが解っただけでもまるもうけ!な気分です。

いやー、ほんとうにまるもうけですね!(笑)


ほんとうは私たちは、そのつど感じたことを、感じるままに表現するとトラブルはより解消されやすくなります。

けれどもそれを表現することを躊躇する理由をつくりだし(「私には愛がない」や「怒ることは大人のすることではない」などの概念が私たちをコントロールし)、それに巻き込まれることによって、本来起こるべきあるがままの出来事(無意識に思考に巻き込まれた反応ではなく、本来起こるべき反応)を阻害しています。

(ほんとうは、私たちが感じるままに表現しあうことで、お互いに必要な経験をして学びあっているため、このような頭に操作された行為が、お互いに必要としている経験を阻害しています)

> 気づきにも深さがあるのかな?
> 根っこのような深い気づきというか怒りは悲しみだったりとか、認められないというのが怒りになっていたり・・・

気づき(意識を向けることによって気づかれていなかった反応)は、たまねぎの皮のように、外側のわかりやすいものから、そのつど気づかれ、解放されていきます。

慣れていくにしたがって、より深い部分に抑圧されているものに到達することができるようになります。

すべて解放すると、内側には何も残りません。

自分が消滅という感じです。
これは「自我の脱落」や、「カルマの燃焼」などと呼ばれています。

自我の存在が消滅して感じますので、予備知識がないと、恐怖、もしくは不安を感じることもあります。

> でもあまり考えずに、瞬間瞬間をただ気づいていればいいのかな・・・?とも思いました。

そうですね。
これによって、一枚、また一枚とたまねぎの皮がむかれていきますので。

こちらこそ、貴重な体験のご報告、ありがとうございます!

2012/06/11(月) 01:56:59 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

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