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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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あるがままの世界に価値が見失われたら 〔1〕 現世が無価値に感じられるようになってしまう理由

01-05(木)14時07分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、「こちら」をご覧ください。




読者の みどりさんに、空性に目覚めたときに起こりえる「つまずき」について、

もう少しくわしく説明してほしいというご希望をいただきました。

しばらく、このことについて考えていきましょう。

(関連記事「(61)「悟り」からその後の体験 〔3〕現代社会は「ハート」の犠牲のうえに成り立っています」




ヨガ・ジャーナル元編集長であり、現在はみずからの悟り体験を伝えている

ステファン・ボディアンは、著書『過去にも未来にもとらわれない生き方』のなかで、

空性に目覚めたときに起こりえる「つまずき」に関して、これも心(エゴ・自我)による

空性の合理化であるとして、以下のように書いています。


 「空性に目覚めると、人生それ自身が魅力を失い、

  乾いた平板なものと思えるときがあります。

  生きる意味はなんだろうと考えます。もともと『空』なるものではないかと。

  こうして幻滅感や不満を感じます」




自我を通して生きていた私たちが、自我との完全な同一化から離れ、

その本質である永遠なるものに目覚めはじめると、自我の価値が薄れていきます。

あたかも自我を幻想であるととらえ、まったく無価値なものへとその価値を

おとしめてしまっている思想でさえ存在します。

私自身もそのように感じ、人生を逆に無価値なものと感じて

幻滅していたこともあります。




宇宙には二つの側面があります。

永遠不変の側面と、現象の側面です。

私たちが生きている世界は現象の世界であり、変化・躍動がその性質です。




世界の変化する側面に現れた個別の生命―これが、私たちの現世の姿です。

ひと時の躍動ののちに、ふたたび永遠のなかへと還っていきます。




誕生後、私たちはこの生命を通してのみ世界を体験していますので、

この生命の部分のみを自分だと勘違いしています。




勘違いしたまま、人生を終えていくこともありますし、

人生の最中にこの夢から目覚めることもあります。

たとえ自己の永遠の側面に目覚めないままに人生を終えていくことになっても、

死のときにその幻想から目覚めます。




悟りとは、自己の有限の側面(自我・体・心)との完全な同一化からの目覚めです。




悟りが起こると、自己の有限の側面との同一化から離れはじめ、

永遠の側面へと自己の感覚が、徐々に移行していきます。

この自己の感覚の移行と同時に、価値の移行も起こります。

自己の有限の側面に100パーセントの価値を見いだしていた私たちに、

「そうではない」という経験が起こります。




自我(自己の有限の側面)にとってこれは衝撃的な経験になります。

永遠の側面の価値が立ち現れてくるにつれて、それに反比例するようにして

自我の価値が一度完全に消滅してしまうように感じます。

じっさいには自我の価値が完全に消滅してしまうわけではありません。

けれども有限であるがゆえ、いつかは死のときを迎え、完全に消滅してしまうのだ

という印象を受けて、刹那的に感じられてしまうからです。




「自我(自己の有限の側面)には、価値がない」




こうして、現世がまったく無価値なもののように感じられるようになってしまいます。




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コメント:

仏教哲学で言うところの
『空観』思想ってやつですね。

瞑想などで空性・無我・ワンネスを体験して、
そのあまりの素晴らしさに、そればかりを
求めてしまうというのは一つの『執着』とも言えますね。

現象・有限の世界に価値を見出さず、
精神世界・瞑想に没入して生きるのなら、
人間じゃなくて、たとえば植物であってもいいワケで。。。

もちろん、そういう生き方もアリなんですけどね。
2012/01/05(木) 14:47:20 |URLYoShi@左脳系スピリチュアリスト #GGLe9ySY [編集]
YoShiさんへ
実は私も一時期そういう状態におちいり、
その無価値感に苦しんだことがあります。

もちろん、そういう生き方もありですが、
その状態にいるときには、
やはりどこかでこれだけじゃないって感じているから、
それだけでは苦しいんですよね。

だからこそ、人間なんですよね(^▽^)

これが、人間のすばらしさなのでしょうね♪
2012/01/05(木) 18:50:54 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ありがとうございます。

やまがみさん、早速書いてくださり、ありがとうございます。
とてもありがたいです。感謝の気持ちでいっぱいです。

YoShiさんがコメントで書いてくださっているように
「瞑想などで空性・無我・ワンネスを体験」
これって↑あくまでも一つの神秘体験で「ほんとうの自分を一瞬体験した」ということで、ここからが「本当の自分の人生」に、更に!更に!永遠に目覚めの進化という恩寵をいただき真の自己の生活となっていく!と先輩たちは、おっしゃっていましたし、私も、そう確信しています。


で、よく聞く、この「つまずき」とは?

1、この神秘体験を一度体験された方々が、この神秘体験を求め続ける?ために・・現実生活がおざなりになる?という意味なのかなぁ?

それとも

2、やまがみさんが書いてくださった今日の記事のことなのかなぁ~?

それとも

3、恩寵のお陰で一時「体が動かなくなる?ような体験を頂き」そこから覚醒が始まる人もいると思うのですが・・

最近、特に感じることに

女性の場合、無自覚のうちに覚醒している方々も沢山おられて、ご本人が「これ」と気づいていない方もおられます。それで「なんだか急に自我のやる気?みたいなものが落ちて、もしかして欝でしょうか?」と聞いてこられる方々が増えました。
話をよーーっく聞くと、(あくまでも私の感じたところですが)覚醒の入口に入り、一旦自我の動きを強制的に止められている?感じに見えます。
前に色々な方々にもお聞きしましたら「そういう方もおられます」とのことでした。

最近は益々そういう方々が、特に女性の方で社会に出て収入を得なくてもいい!という環境におられる方々に多く見られ、いよいよ時機到来!で、恩寵から一時、強制的に「止まる」という体験を頂き、自我の浄化が始まる体験を頂いているようにしか見えないのです。

私は、そこを是非!お聞きしたかったのです。

この2と3は違いますが、どうも雰囲気が似ているなぁ~と感じましたので質問させて頂きました。

勝手な質問で申し訳ありません。

もしよろしければ、3の方々へ良いアドバイスをお願いします。

お忙しいところ申し訳ありません。よろしくお願いいたします。










2012/01/05(木) 20:40:43 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
あけまして、おめでとうございます。

悟りの過程(最初の一瞥からあとの過程や、そこに至るまでの過程)は、おそらく千差万別なことでしょう。

私が体験した過程は、私だけの過程であると思いますし、みどりさんの体験された過程は、みどりさんだけの過程であると思います。

ただ、過程うんぬんではなく、体験して何を理解するかということは大差なく、ほぼ共通しています。

それは、「私たちの本質は、この肉体に束縛されたものではなく、永遠の本質をもち、そこから現れた」ということです。

永遠の本質を知り、つねにそれを生きている人は、あるがままで幸福です。

みどりさんのおっしゃられるような、

1、この神秘体験を一度体験された方々が、この神秘体験を求め続ける?ために・・現実生活がおざなりになる方もおられるかもしれません。

そのような方がおられるかもしれませんが、私たちは、あるがままで幸福です。
そのような方がおられても、おられなくても、外側の世界には関係なく、私たちは幸福です。

2、私が今回の記事のテーマにあげた、あるがままの世界しかないならば、何もする必要がないと感じ、現世に魅力を感じなくなっている方もおられるでしょう。

私の場合は、私の周りにそれほど悟りを経験している方、経験しつつある方がいるわけではありませんので、

3、恩寵のお陰で一時「体が動かなくなる?ような体験を頂き」そこから覚醒が始まる人

と出会ったことがありません。

ですが、悟りの過程は千差万別だと思いますので、そのような方がおられても、不思議はありません。

いまのところ、3の方がじっさいにどのようなことに困られているのかが、私にはわかりませんので、

それほどよいアドバイスができるとは思えません。

おそらく、みどりさんのほうが、よいアドバイスをされることと思います。

ですから、それでもよろしければ、ここまでの話を聞いて、私に言えることは、

「ゆだねなさい」ということだけです。

みどりさんも経験されていることとは思いますが、すべての出来事が恩寵です。

自我はそれに抵抗します。抵抗し、恩寵を問題として体験します。

抵抗を手放し、それにゆだね、結果を体験することが、恩寵を理解させてくれる唯一の方法です。
2012/01/06(金) 00:30:04 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ありがとうございます。
「抵抗を手放し、それにゆだね、結果を体験することが、恩寵を理解させてくれる唯一の方法です。」

まさしく!その通りだと私も確信しています。

ただ・・どうしても聴きたくなりました。申し訳ありませんでした。お手数おかけしました。

~マインドからノーマインドへのシフト~

たぶん恩寵は今!いろいろな方々に、このシフトを与えてくださっているようです。

2011年後半から、2012年に入り、同じ状態におられる方々から、ご連絡を頂くことが多くなりました。
あまりの数の多さに、驚いています。

特に女性の方が多いのですが・・

長い歴史の女性性ならではのカルマ、そしてそのカルマの浄化が「感情」となって、まるで「あぶりだす」ように出てくるようです。また、その感情は理性では止めようと思っても止らないほどの強さを持っているようです。

最近は男性の方も、この「あぶりだし」のような感情が出てくる方も増えておられます。

やまがみさんのおっしゃるとおり【すべては恩寵の賜物】です。

いよいよ時節到来なのでしょう。

懇切丁寧にお教えいただき、ほんとうにありがとうございます。

心から感謝の気持ちを捧げます。

私も、更に、精進させていただきます。

感謝
2012/01/06(金) 17:51:29 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
恩寵は、理論ではなく、体験するしかないですよね。

そして体験するためには、信じて委ねる必要があります。


一人でも多くの人があるがままの展開を信じてゆだね、恩寵を体験すると、

その分、世界から苦悩が減少します。

苦悩とは、宇宙のあるがままに対する抵抗だからです。


これが、世界を変えるなら、まず自分からの意味なのですよね。
2012/01/06(金) 22:03:40 |URL|やまがみてるお #- [編集]
やまがみさん、ありがとうございます。
「これが、世界を変えるなら、まず自分からの意味なのですよね。」

ほんとうの自分とは【恩寵そのもの】ですもんね。

自分が【恩寵そのもの】にかえれば、この世に神が誕生したことになりますもんね。

世界が変わるのは当たり前ですよね。このほんとうの自分を思い出すまでが苦悩ですね。



「苦悩とは、宇宙のあるがままに対する抵抗だからです。」

恩寵の扉にも書かれていましたし、ガンガジさんもおっしゃっていましたし・・・
我が家の先祖さまたちも、おっしゃっていましたが・・

【宇宙のあるがままに対する抵抗】

この抵抗?

この抵抗がなんなのか?私は、どうやって抵抗しているのだろうか?

この答えが

勘違いの、勝手な思い込みの『自己否定』から始まっている!

それもこの勘違いの思い込みは、生まれてくるときに既に持ってきている!

(例えて言うなら「人は罪の子」など)

だから生まれてきてから、「この真逆の意識」が生まれる!とのこと。

「おれはダメだ!」「わたしはダメだ!」という恐怖感・罪悪感などなど・・

         ↑

         ↓ だから!

「だから頑張ろう!」「だから負けちゃいけない!」「だからこそ努力は大事!」「だからこそ立派な人にならなければ!」などなど・・

天野さんも書かれていましたが

【だから!「本当のリラックスする」ことを自我が許していなかった。】と。

ちょうど、昨日ベルさんが素晴らしい日記を書いてくださっていました。

まさしくフーマンさんや、天野さんや、ガンガジさんが、おっしゃっていることと同じことを書いてくださっていました。

やまがみさんの「お気に入りブログ」の中にもありましたねぇ・・

http://sizuku-bell.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-27d4.html

この

「おれはダメだ!」「わたしはダメだ!」は間違っていた!

「人は罪の子」ではなく「人は神の子」だった!【恩寵そのものだった!】と、

真に思い出せたら

そこからは、ほんとうの自分の人生ですね・・・(*´∀`*)

『あなたが、あなたを使わなくなったとき、
(自我が、自我を使わなくなったとき)

 あなたの中の神が、あなたに変わって動き始めます。

 ほんとうのあなたの人生がここから始まります。』by 津留こういちさん

みんなが1日も早く、そのことを思い出せますように・・

記憶喪失から目覚めますように・・

2012年、いよいよそのとき!ですね。

更に、更に、祈ります。

精進させていただきます。
2012/01/07(土) 11:21:11 |URL|みどり #- [編集]
Re: やまがみさん、ありがとうございます。
【宇宙のあるがままに対する抵抗】が、
勝手な思い込みの『自己否定』から始まっている!

もっともですね。

けれどもこの経験も必要なことであったのでしょうね。


これが、神が神として誕生し、一度そのことを忘れ、ふたたび思い出す遊び、

神との隠れん坊、リーラ、ゲームなんですよね。


神との分離を経験し、不安になり、恐れ、

この完全なるものからの分離が、自己否定にもつながり得ます。

> 『あなたが、あなたを使わなくなったとき、
> (自我が、自我を使わなくなったとき)
>  あなたの中の神が、あなたに変わって動き始めます。
>  ほんとうのあなたの人生がここから始まります。』by 津留こういちさん

さすが、津留こういちさんですね!

いま書いている記事「あるがままの世界に価値が見失われたら」のテーマもこれです。

「自分のなかの神が、真我が、自我を通して働きはじめる」

その役割をこなすこと、これが自我の真の役割です。
2012/01/07(土) 14:27:30 |URL|やまがみてるお #- [編集]
大感謝
「自分のなかの神が、真我が、自我を通して働きはじめる」

その役割をこなすこと、これが自我の真の役割です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

感無量です。

大感謝です。

やまがみさんとのご縁をくださった恩寵に大感謝です。

感謝

合掌

みどり拝
2012/01/07(土) 14:44:52 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
ありがとうございます。

自我こそが、私たち(神、真我)の目的を達成してくれるのですよね。

自我はあるときまで、私たちの目覚めのために苦悩を与えてくれます。

そして私たちの目覚めのあとは、真なるものの目的を達成するために働いてくれるすばらしい存在です。


自我とともに生き、自我とともに働きましょう♪
2012/01/07(土) 17:17:27 |URL|やまがみてるお #- [編集]
最大の難関
やまがみさんのコメントより

そんな私なんですが、ある日もうだめだってところまでいったときに ①【あきらめました。】

それからは、あきらめた以上、それに
②【ゆだねるしかできなくなって】そうしていると、あることに気がつきました。

それは、自分があるがままに抵抗していないので、
③【楽になっていることです】

そうして自分のあるがままに対する反応
④【(ゆだねるのか、それとも、抵抗するのか)と結果との関係を冷静に観察していくと、結果は大きく違わないという結論に至りました。】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おはようございます!

やまがみさん♪いつも、いつも、ありがとうございます。

ほとんどの方々は上の↑①のところが最大の難関だと思います。
わたしもそうでした!そして未だに「そうです!」という部分を残したまま、ここに在ります。
(*´∀`*)

これが「わかっちゃいる【けど】やめられない♪」ところですねぇ~♪

『あきらめる』『降参する』が、わかっちゃいる【けど】やめられない♪

この【けど】ちゃんという自我ちゃんが顔を出すたび、しんどくなる!

で、また②「委ねてみる」。そして③楽になる。

でも・・また【けど】ちゃんが顔をだす♪

そしてまた②「委ねてみる」。そして③楽になる。

この①~③の間を私は何年も『行ったり来たり行ったり来たり』体験してまっする\(^o^)/

なので【完全に委ねる】【完全に明け渡す】ところまでいけなくって・・・またしんどくなる♪

でも・・こうやって、やまがみさんに素直に書いてみて気づきました。

「それでも、それでも、少しずつでも向かってるじゃん♪」って(*´∀`*)

さんざん、逆らって、あらがって、抵抗した私の人生です。

やまがみさんのお陰で、完全に降参できそうです。

(*´∀`*)

いつも、いつも
ありがとうございます。

感謝




2012/01/08(日) 09:38:49 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
ほんとうですね。

①「あきらめる」「ゆだねる」が最大の難関ですね。

もちろん、私もそうでした(笑)

いまも自分のなかの自我ちゃんといっしょに生活していますし、
ときどき自我ちゃんが暴れはじめるときもあります。

けれども、そういうときにもちゃんと観察さえできていたら、
昔ほどは自分を見失うほどには巻き込まれなくなってきています。

みどりさんの言うように、
この①~③の間を何度も何度も『行ったり来たり』して、よりゆだねやすくなっていくのでしょうね。

> 「それでも、それでも、少しずつでも向かってるじゃん♪」って(*´∀`*)

そして、少しずつ着実に前進していくのでしょうね。

私の自我も超大型台風でしたし・・・(爆)

でもそのおかげで、苦悩におそわれ、降参するしかなくなるんですよね。
2012/01/09(月) 00:39:35 |URL|やまがみてるお #- [編集]
泣けました。
「私の自我も超大型台風でしたし・・・(爆)

でもそのおかげで、苦悩におそわれ、降参するしかなくなるんですよね。 」

ここを読ませて頂いたとき、自分と重なって【泣けました】

今から思うと「もうちょっと素直だったらなぁ~」(笑)ですが。。

すべては「たら・れば」でねぇ・・

今が、そのとき!だったのでしょうねぇ。

わたしは、ここ10年ほど体調が悪くって、特にこの3年は非常に悪かったのです。

それまで割とバリバリとなんでもコナシテこれてましたので、とてもショックでした。

でねぇ ある日、今年82歳の先輩に「わたしの、この体調の悪さは、まだまだ続くのでしょうか?」と聞いたら

『はい!ご安心ください!! まだまだ当分の間続きますよ!』(笑)って♪

で、私に変容?というか、シフトが起きた?としたら
きっと【このとき】だったと思います。

「そうかーーーまだまだ続くのかーー
 じゃあ、このダルさと一生仲良くしていこう~っと♪」

と、はじめて【諦めることを受け入れる】ような自分になっていることに気づきました。

すると程なく消えました。嘘のように消えました。何とも言えない「気だるさ」「ダルさ」。

そしてメッセージが「ふと」湧いてくるようになりました。

~ すべては恩寵の舟(救いの舟)の上。
  元々、救われているのに、救われている!と気づいて いないだけ。
  元々一体なのに、分離している!と勘違いしているだけ。   


昨日はね

「もう全て終わりました。ご苦労さまでした。一人残らず舟に乗りました。休憩してください。寛いでください。早く元気になってください」というメッセージでした。

なんだかホッとしました。体が蘇りました。

そして「そうか!既に恩寵の舟の上だったんだなぁ~!!」と、改めてとても安心しました。

ほんとうに安心しました。
こんな「くつろぎ(リラックス)」は、初めてかもしれません。


今から思うと、最初から「恩寵の手のひらの上」。

まるで孫悟空ですねぇ。

恩寵の手のひらの上で、焦ったり、もがいたり、苦しんだり、戦ったり、慢心したり、自己満足に酔ってみたり。。。。。笑♪

なんとも切なく愛しいですよね 人間って。

悟りを求め!求め!求め!求め!そのうち【諦める瞬間】に、恩寵と出会い、そのうち触れ合い、そのうち融合し、そして【元々一体だった!】と気づく。

人は【元々一体だった!】と気づくために生まれてきた。

素晴らしいですよね~~ 人間って。
素晴らしいですよね~~ 人生って。

ありがとうございます。やまがみさん!!

嬉しくて嬉しくて嬉しいです。しずかに、おだやかに、たおやかに嬉しいです。

感謝

みどり拝


 

2012/01/09(月) 17:06:55 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
いつもありがとうございます。

みどりさんのコメントに、みどりさんの体験に、私もいつも感動と勇気をいただくことができています(´▽`)

ほんとうに、ほんとうに、

> 素晴らしいですよね~~ 人間って。
> 素晴らしいですよね~~ 人生って。

って感じます。

みどりさんにご紹介いただいた『降参のススメ』のなかでだったと思いますが、
阿部さんが黒斉さんに、禅の役割について尋ねられたとき、

禅修行は悟るための努力で、じっさいに悟りへと導くことはできないこと、
それゆえ、努力して、努力して、それでもけっきょく悟れないことを理解したとき、
あきらめ、降参し、手放したときに、それが起こるためのものだと語っていました。

「悟りたい」という自我も、そのためにあるのですよね。


みどりさんがあきらめて、手放したときに聞こえるようになったメッセージ、

すばらしい導きの声ですね。

いいも悪いもなく、すべては恩寵のうえに進行しているのですよね。
2012/01/09(月) 17:58:45 |URL|やまがみてるお #- [編集]
こちらこそです。やまがみさん。
嬉しいコメントをありがとうございます。

わたしも、「降参のすすめ」で、やまがみさんと同じ阿部さんがおっしゃったあの箇所に強く感銘しました。

ほんとうにその通りだなぁ~と強く感じました。

恩寵の扉や、ポケットの中のダイヤモンドにも同じことが書かれていましたし、諸先輩、祖父母、師からも同じことを聞かされていました。

【積極的に苦しみなさい!】と。

自我が強く!そのぶん「求める自我の意志」も強かった。
だからこそ『諦めるしかないところに来れた』と思います。

決して諦めたくない!諦めるくらいなら死んだほうがまし!

というくらい私の自我は、何に対しても執着力が強くってねぇ。頑固ものでした・・・笑

むかし師が言いました。

1恩寵と出会い、2恩寵と触れ愛、3恩寵と融合し、4恩寵と一体だった!と知る

人は、この順序で気づいていくと。

そして、いよいよ『自分を知り』その『自分で生き始める』と。

そこからまた先のシナリオもあって・・
(先の先には先があり、またその先には先がある)

ほんとうに人生とは【大浪漫】
【永遠無限な壮大な浪漫】だと感じています。死んだのちにもまだあるんですものねぇ・・

でも、今回は、体があるうちに気づけて良かった・・・
(わたしは、これが今回生まれてきた最大の強い望みでしたから。)

やまがみさん、どうぞ、どうぞ、ここからも宜しくお願いいたします。

わたしは男の人が覚醒していく過程を知りたかったのです。

なぜなら夫をもっと知りたい!ということもありましたし、もっというなら、もっと夫と1つになりたい!という強い願望が「なぜか?」これまた強くありました。

なので、やまがみさんの書いてくださるもので、夫の覚醒のプログラムの順序を知ることもできましたし、夫の思考の移動のあり方もわかりました。

もちろん、それぞれの今回の人生で身に付けた自我の意志「~~あらねば!」という余分なものもありますが・・・笑

本質は1つ。元々は1つ。ということが男・女に関わらず1つだ!ということを確信しました。

これも、やまがみさんのお陰です。

とにかく「安心の中にくつろいだ生活」「恩寵の中に包まれた安心な生活」を

やっと、させていただけるようになりました。

感謝のみです。

「我はあってはならず、なくてもならず」

祖父母がいつも言っていた言葉です。

「我が強いからこそ諦められました」笑

我に感謝です。

感謝

みどり拝












2012/01/10(火) 09:08:52 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
> むかし師が言いました。
> 1恩寵と出会い、2恩寵と触れあい、3恩寵と融合し、4恩寵と一体だった!と知る
> 人は、この順序で気づいていくと。

私にもこの通りに起こりました。
そして、そこから先のシナリオ、自我の操作性がなくなってからが、
ほんとうの人生のはじまりのように感じています。

覚醒の過程は、千差万別だと思います。

おそらく、みどりさんのご主人さんには、みどりさんのご主人さんだけの覚醒の過程が起こるのでしょうね。

今生で、覚醒が起こるのも、起こらないのも、みどりさんのご主人さんの人生のプログラムに従っていると思います。

自我には、どうしようもないことだと思います。

早く覚醒したほうがいい・・・、
覚醒するために生まれてきた・・・、
これも自我の操作性になりかねません。

ただ「もともと一つ」であったことを思い出した人は、体験した人は、その後「もともと一つ」であった他(多)を愛さずにはいられなくなります。

あるがままの世界(もともと一つ)を、あるがままに愛し、抱擁して生きていくようになります。

ですから、(悟りを)体験し、それを(その無条件の愛を)表現するだけでいい。


また「ソウルメイト・ツインソウルであるパートナー同士は、同時に(今生で)、覚醒しなければならない」というわけでもないのではないかと思います。

もしかしたら、自分の覚醒のために、夫が、妻が重要な役割を果たしてくれている(いた)かもしれません。

今生では、一方の覚醒のために出会ってくれていたという可能性すらあるかもしれません。
2012/01/10(火) 13:01:00 |URL|やまがみてるお #- [編集]
もしかしたら、自分の覚醒のために、夫が、妻が重要な役割を果たしてくれている(いた)かもしれません。

今生では、一方の覚醒のために出会ってくれていたという可能性すらあるかもしれません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのとおりです!

夫婦としての体験も、ずいぶん頂きました。

とても有り難い体験でした。

『すべての人を「神の使い」と思いなさい』と言った祖父母の言葉に感謝です。

そして今!やっと

二人して同じ方向に向かって生かせていただいています。

子ども達と、夫と共に、ほんとうの【生まれてきた意味】を知り、毎日を生かせて頂いております。




~「愛し合う」という真の意味は、同じ方向に向かって生きること ~


ほんとうに、その通りだなぁ~と 確信しています。

やまがみさん いつも、いつも、ありがとうございます。

ほんとうに嬉しいです。

ほんとうに、ありがとうございます。

感謝




2012/01/10(火) 15:02:51 |URL|みどり #- [編集]
みどりさんへ
> 『すべての人を「神の使い」と思いなさい』と言った祖父母の言葉に感謝です。

みどりさんの周りには、ほんとうにすばらしい人がたくさんいたのですね。
うらやましいかぎりです。

> ~「愛し合う」という真の意味は、同じ方向に向かって生きること ~

いい言葉ですね。
これからも、旦那さんとごいっしょに、同じ方向に向かって生きていかれますように♪
2012/01/11(水) 00:24:58 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

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