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(87) 「誰でも悟りプロジェクト」 2011年11月までのまとめ 〔9〕 自分のほんとうの声に従って生きていきましょう

12-08(木)21時40分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、「こちら」をご覧ください。




自我は、人生を通して外から学んできた概念でできています。




自我の声 (概念) の虚偽を見破ることができるようになっていくにつれて、

自分のなかから発せられる、かすかな別の声に気づくようになっていきます。

やがてそれが、自分のほんとうの声であることに気づきます。




かすかである理由は、自我の声がまだまだ私たちを支配しているからです。




タマネギの皮を一枚ずつ剥いでいくように私たちは、

これまでの人生で学んできた偽りの世界観から、目覚めていきます。

一枚剥ぐことによって、また根深い観念が現れます。

いくつもの偽りの観念を一枚、また一枚と剥いでいき、

最終的に私たちは、思考に束縛されていない意識状態を経験します。




この状態において私たちは、

自分のほんとうの声を聞き分けることが容易になります。

それまでは、かすかにしか聞こえず、

ときには、その振りをする自我に欺かれることもありましたが、

このときにはもう、自我の声とほんとうの自分の声との違いが

明らかに見分けられるようになります。




自我の声に操られていたことが、

どれほどおろかなことであったのかがわかります。

その後は、自我の声に翻弄されることがしだいに少なくなっていき、

自分のほんとうの声に従って生きるようになります。




自我の声に従った場合と、

自分のほんとうの声に従った場合とでは、

どのような違いを経験することになるのかを考えていきましょう。




自我の声に従うと、どのようになるのでしょうか?




自我とは、これまでの人生で経験してきたことや、

学んできたことからつくりあげられた概念の集大成 (記憶) です。




生命の進化の過程で誕生した私たち人類の祖先は、

あるとき言葉を開発しました。




これによって私たちは、

世界を言葉で表すことができるようになりました。




「空(そら)」という言葉が、

頭のうえにある空を表していることを私たちは意識しますが、

いまここにある空が、宇宙の果てまでつながっていることは意識しません。




宇宙と空はもともと分断されたものではありません。

宇宙も空も、相互に密接につながり、

けっして分断することのできない「宇宙そのもの」の現れです。




けれども私たちは、世界を言葉で表し、分類することによって、

無意識のうちに、バラバラに切り刻んでしまっているのです。




すべてをこのように扱っています。

木と大地は、分断されたものではありません。

大地と雨は、分断されたものではありません。

雨は大地に降り注ぎ、川となり海へと流れ込みます。

大地とを潤した水分は、木や草花を育て、光合成を通して地球に酸素をつくります。

植物は生きものを育て、生きものの死は、大地 (土) を豊かにします。

上記はほんの一例です。

すべてのものが関連し合い、宇宙という一つの命を営んでいます。




地球と太陽も、分断されたものではありません。

そして私たち人間も、それらのものと分断されたものではありません。

私とあなたも、分断されたものではありません。




宇宙とは、自然や私たちをそのうちに含んで、

かつても、いまも、これからも、

けっして分断されることなく存在しつづけていきます。




進化の歴史のある時期に現れた私たち人間が、

「一なる宇宙」のそれぞれの部分に名前をつけていき、

分類し、バラバラなもののように扱いはじめました。

そしてその後の長い歴史の過程で、このことを忘れてしまいました。

現代ではすべてのものが、もともとバラバラであったかのように私たちは扱っています。




じっさいは、すべてが、宇宙という一つの命

(「ワンネス」「一なるもの」)の営みの現れです。




ここで扱ったことは世界観についてですが、

人生の経験を通して、さまざまな側面で、

これとおなじように、それぞれが人生を通して

学んできたとおりにしか見えなくなるようなことが起こっています。




人間とは何か? 

私とは何か? 

生きるとはどういうことか? 

学ぶとは、どういうことか? 

働くとは、どういうことか?




さまざまな側面において、

それぞれが人生で経験してきたこと、

学んできたことの影響 (束縛) を受けています。

そしてそのとおりにしか、世界は見えなくなります。




これが、自我の声に従ったときに私たちが経験していることです。




では、自分のほんとうの声に従うと、どのようになるのでしょうか?




思考の観察に慣れ、思考から離れた意識の状態が定着してくると、

思考や感情に振り回される必要がないことがわかってきます。




思考や感情 (自我の声) に従う必要はなく、

このため自分が思考や感情から自由であることが理解されていきます。




自我の声は、さまざまなことに影響をおよぼします。

雨は大地をうるおし、作物を育てます。

けれども自我は、突然の雨にうたれて自分がびしょ濡れになると、憤慨します。




雨は、じっさいはいいものでも、悪いものでもありません。

宇宙という一つの命 (「ワンネス」「一なるもの」) の営みの現れです。




私たちの (思考の) 思いどおりにいかないときも、

それは宇宙という一つの命 (「ワンネス」「一なるもの」) の営みの展開です。




思考の観察に慣れてくると、

思考の (自我の) 思いどおりにいかないときにも冷静に

その後の展開を観察することができるようになります。




自我の声に束縛されていませんので、

出来事が起こったときに、

その出来事に対する意味づけがおこなわれていません。

(「え? 大雨だって! 最悪だ!」)




出来事をただあるがままに観察することに慣れてくると私たちは、

私たち (自我) の思いどおりに進展しないときには、

そのほうが、よりよい方向へと進んでいることに気づくようになっていきます。




それまでは、思考や感情や体を自分だと感じていましたが、

このような経験を観察するにしたがって、

自分が思考や感情や体を離れた存在であり、

宇宙という展開そのものであることを経験によって理解していきます。




このような体験を通して私たちは、

この大きな流れ、宇宙のあるがままの展開こそが、

自分のほんとうの姿であることを体験的に理解していき、

しだいに自分の感覚が転換していきます。




思考や感情や体を自分だと思っていた感覚から、

思考や感情や体から離れた視点が定着した感覚へ。

このときにはまだ自分という感覚がそれを経験しています。

そしてさらにそれらをこえたあるがままの展開こそが、

私であるという感覚へと転換していきます。

あるがままの展開が、自分の真の姿であると感じるようになると、

個としての自分が存在するという感覚がなくなり、

あるがままの展開だけが残ります。

私はこれを自我の脱落と呼んでいます。




内面的には、自我の声と、自分のほんとうの声との違いを

認識することができるようになりますので、自然に、

自分のほんとうの声に従うようになります。




自分のほんとうの声に従うことは、「いまここ」の幸福を意味します。

こうして「いまここ」が幸福になり、

「いまここ」の積み重ねである人生が、幸福になります。




この時点で私たちは、

自分のほんとうの声に従うことは、

自分の幸福のための責任であることを理解します。




この責任を果たすこととは、

自分のほんとうの気持ちに応えることです。

こうして私たちは、幸福とは、たんなる選択であったことを理解します。




内面的にも、外面的にも、あるがままにゆだね、

それでいてよりよい結果を手にする人生を生きることができるようになっていきます。




これが、自分のほんとうの声に従ったときに私たちが経験することです。




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コメント:

今回も
納得の大作記事ですね^-^

いつかやまがみさんと対談したいです(笑)
忘年会でお話するのが楽しみですね♪
2011/12/09(金) 00:02:57 |URLYoShi@左脳系スピリチュアリスト #GGLe9ySY [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/12/09(金) 00:42:00 || # [編集]
いつも拝見しています
こちらに伺うとほっとした安心感があります
こんなに丁寧に分かりやすく表現して下さり
やまがみさんの優しさを感じます
気負いなく日常に反映され
私にとって生きたブログです
ありがとうございます
これからも楽しみにしています
2011/12/09(金) 12:37:16 |URL|Vega #EEH58ubU [編集]
YoShiさんへ
こちらこそ、ブログを通してYoShiさんと出会えてから、

会いたくて仕方がなかったので、

忘年会で会えることが、とってもうれしいです。

対談もいいですね!

ぜひ実現させましょう♪
2011/12/09(金) 21:03:08 |URL|やまがみてるお #- [編集]
もりさんへ
もりさんへ。

はじめまして。

ご質問ありがとうございます。

管理人制限がありましたので、メールで送信しようとしましたが、

アドレス形式以上のため送信できませんでしたので、コメントにて返信させていただきます。


もりさんのおっしゃられている「わがまま」な人が、どのような人のことをイメージしているのかがわかりませんので、私の考えている「わがままな人」と「あるがまま」との違いをお伝えさせていただきますね。


私たちは、ときおり無意識に思考や感情と同一化します。

このようなことが起こると私たちは、思考や感情自体が自分自身であると勘違いをして、その思考のとおりの行動、感情のとおりの行動をおこないます。

たとえば、何かに怒りを感じた場合、怒りとの同一化が起こってしまうと、その怒りを止めることが難しくなります。

「ときおり無意識になる」と表現をしましたが、じっさいは、ほとんどの時間、私たちは無意識に生きています。

このため、ほとんどの時間、私たちは、自分自身を思考や感情と同一化して日常生活をおこなっています。

感情的になり、大切な人を傷つけてしまい、そのあとで後悔するようなことが起こるのは、このためです。

自分の思うがまま(思考や感情のまま)に生きることを「わがまま」と言うのだとしたら、「わがままな人」とは、こういう状態の人のことを言うのだと私は考えています。


私がブログでお伝えしていることは、私たちとは、そのような思考や感情ではなく、それらを離れた意識それ自体であるということです。

これは概念ではなく体験です。

私がブログで紹介しているエクササイズなどを通して、

思考や感情を離れた意識状態を体験し、それを習慣に変え、その状態が定着すると、

私たちは、思考や感情にじゃまされていない、感覚に出会います。

それは私たちが何かに対したときに、心地よく感じたり、心地悪く感じたりする感覚として起こります。

思考や感情にじゃまされていると、思考や感情が、心地いい感覚や、心地悪い感覚を判断します。

心地いい感覚を感じても、思考が、過去の人生の経験を参考にしてNOと言ったり、心地悪い感覚を感じたときには感情が怒りを爆発させるようなことが起こります。

これによって私たちは、心地いい感覚や心地悪い感覚が本来もっている役割が見えなくなっています。

思考や感情にじゃまされない視点を獲得していると、心地いい感覚が起こったときには、ただその感覚に従い、つぎの行動を選びます。

心地悪い感覚を感じたときには、ただその状況を離れます。

心地いい感覚や心地悪い感覚がもっている本来の役割とは、このように、私たちに進むべき方向や避けるべき方向を知らせることです。

こうして、私たちは自分の心地いい感覚に従い、心地悪い感覚を避ける人生を生きはじめます。

そうすると、どうなるでしょうか。

自分の人生の選択権が自分にあることがわかるので、人生自体がおだやかになります。

これが私の言う「あるがまま」です。
2011/12/09(金) 21:44:52 |URL|やまがみてるお #- [編集]
Vegaさんへ
はじめまして♪

コメントありがとうございます。

そのように言っていただけるだけで、
このブログをやっていてよかったと思います。

よりわかりやすくお伝えすることができたらと思います。

こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします♪
2011/12/09(金) 21:49:43 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

『スターピープル vol.56』より、連載がスタート!

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