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(70) 人間という思考の拘束をこえていくことで、私たちの真の能力が発現します

11-10(木)22時39分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、「こちら」をご覧ください。




私たちの体には、生命が進化の過程で獲得してきた、

38億年分の能力が、内在されています。




内在されていなければ、私たちは生きていません。

生命の活動は、この能力によって営まれています。

私たちはこのことを意識のレベルでは、覚えておらず、

感知することすらできていません。

けれども、意識のレベルでこのことを認識することができなくても、

私たちはこの能力を活用しています。




「思考」と「結果」の関係を決定する「能力」を

体感する実験を試みましょう(*1)




この実験は、座った姿勢でおこないます。

ゆったりと座り、両手をテーブルか、

もしくは、ひざのうえに置いてください。




ここからが実験になります。

では「右手をうえにあげたい」と「思って」ください。

しばらくそのようすを観察しましょう。




何が起こりましたか? 




おそらく、私たちの右手には、

何も起こらなかったのではないでしょうか。




「右手をうえにあげたい」と「思って」も、

じっさいに手はうえにあがりません。




いくら思考のレベルで「〇〇したい」と念じたところで、

じっさいには何も起こらないことを私たちは確認しました。




この「〇〇したい」とは、願望です。

願望が、願望のレベルであるかぎり、それは起こりません。




ではつぎに「右手がうえにあがっている」と「思って」みましょう。




あがっていますか?




「手がうえにあがっている」と私たちが「思考」で

イメージしたところで、そのようなことは起こりません。




これはある意味、自己暗示やアファーメーションの部類になります。

自己暗示やアファーメーションが、思考のレベルであるかぎり、

そのようなことは起こることはありません。

このような方法では、

私たちは何も受け取ることはできないことを確認しました。




では最後の実験です。




「じっさいに」右手をうえに「あげて」ください。




私たちには、自分の体を、

それぞれにゆるされている範囲内で(*2)

自由に活用することができる能力が与えられています。




では、ここまでの実験での私たちの感覚の違い、を感じてみましょう。

「手をあげたい」あるいは「手があがっている」と「思った」ときと、

じっさいに手を「あげた」ときの、私たちの内部における感覚の違いを感じましょう。




感覚を意識しながら、何度もそれを試してみましょう。

この感覚の違いを感じ取るように意識してください。




じっさいに結果を得たとき (手をうえにあげたとき) と、得られなかったとき 

(手をうえにあげたいと思っても、あがらなかったとき) との違いは、

私たちが、 (その結果を) 「受け取る能力」を

発揮したか、発揮しなかったかの違いです。




私たちには、自己の能力を発揮するために、「受け取る能力」が与えられています。

「手をうえにあげたい」「私の手は、うえにあがっている」と「思った」ときには、

私たちは、願望を発しただけで、この「受け取る能力」を発揮しませんでした。

私たちはこの実験で、ただ「受け取る能力」を発揮するだけで、

結果が得られることを体験しました。

(私たちに与えられている能力は、
 これまでも発現していますし、これからも発現しつづけていきます。
 手はうえにあがる。
 目は見える。
 耳は聞こえる・・・)




私たちが活用することができるのは、

知的レベルで学んできた「思考」や「概念」 (本に書いてある法則など) ではなく、

38億年かけて蓄積してきた生命のじっさいの能力です。




「思考」 (願望) と「結果」 (現実) の関係を決定するためには、

私たちが発揮しなければならない能力があります。

私たちがじっさいに手をうえにあげるためには、

それが「起こること」を意識の深部で、「先に受け取らなければならない」のです。




これが願望実現、成功法則、成功哲学、引き寄せの法則の真実です。

「悟り」が欠如しているところ (思考の操作) で、

それを獲得しようとしても、真の結果は得られません。




私たちのもつすべての能力―


ものを見ることができること、

音を聞くことができること、

体を自由に動かすことができること、

においをかぐことができること、

食べものを味わうことができること、

食べたものが消化・吸収されて私たちの命に転換されること、

肉体的成長が完全に起こること、

軽い怪我や骨折が自然に治ること、

奇跡的治癒が起こり得ること、

知性 (思考・記憶) を活用することができること、

受胎・出産が起こることなど・・・、


―このすべてが、生命が38億年かけて獲得してきた能力を

私たちの一人ひとりがみずから発現させた証明です。

私たち一人ひとりに、生命の無限の可能性が

与えられていることの証明です。

この能力は、私たちの手中にあります。




この能力を存分に活用するために私たちは、

人間という思考の拘束をこえていかなければならないのです。




(*1)ロシアの成功法則の作家、ヴァジム・ゼランドは著書『「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン〈2〉魂の快/不快の選択』のなかで、願望とは私たちの「思考の中で形づくられる」ことを指摘しています(57ページ)。そこでゼランドは、腕をもちあげようと望むことと、じっさいにあげるときの感覚の違いに着目し「願望は目的そのものに向けられ、意図は目的の達成プロセスに向けられる」と解説しています(59ページ)。ヴァジム・ゼランド著、ほおじろえいいち監修、須貝正浩訳 『「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン〈2〉魂の快/不快の選択』徳間書店、2007年、参照。
(*2)男女による能力の差や、それまでに活用することによって獲得された能力(筋力や瞬発力、そのほかの特化した能力)差、また特別な身体的障害によって個人差があります。同時に、自然の法則(重力など)に逆らうことはできません。私たち自身が、自然の一部だからです。


      


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コメント:

深い!
洞察に溢れた素晴らしい記事ですね^-^

単なる『行動』という言葉ではなく、

『38億年かけて蓄積してきた生命のじっさいの能力』

って表現すると、言霊が宿りますね♪
2011/11/10(木) 23:46:15 |URLYoShi@左脳系スピリチュアリスト #GGLe9ySY [編集]
おぉ
おぉ\(`□´)/素晴らしいですね!


はい、行動しましょうと言われると、

はぁ、という感じですが、


38億年かけて蓄積してきた生命のじっさいの能力を活用しましょう!


と言われると、


おぉ\(`□´)/


って行動したくなりますね(^O^)



ありがとうございます♪
2011/11/11(金) 02:19:32 |URL|学びブログ春 #- [編集]
こんにちは。
「受け取り能力の発揮」わかりやすかったです。同時に手を上げたい、上がっていると思っても出来ないってことに気づけました。
思っているだけでは絶対出来ないんだと「はっ」しました。思うだけは歯がゆいです。

話が少し変わってしまいますが、思考を観察する日々が続いてます。
言葉が浮かんだり、考えたりしていて気づいたら観察するようにしています。そうすると言葉や考えは止まります。
だけど、止まってしまうとこれでいいんだろうか?とか、いろんなこと考えられなくてつまらないなんて思ってしまいます。
私は何なんだろうとか。考えないようにして何をして生きていくんだろうなんていいようのない不安が浮かんできます。宇宙の中にひとりでほおり出されてしまった感じがして、どうしたらいいのかわからなくなります。
今までは、辛いことを考えるのをやめれたおかげで楽になっていたのですが、今は思考を止めると言い様のないような不安が襲って、止めるのが怖くなったきます。
でも、考えると辛いので観察をするようにしているのですが…。

やまがみさんも思考を観察している過程でこんなことがありましたか?
質問ばかりして本当にごめんなさい。


2011/11/11(金) 13:30:02 |URL|みや #- [編集]
YoShiさんへ
> 洞察に溢れた素晴らしい記事ですね^-^

ありがとうございます♪

> 『38億年かけて蓄積してきた生命のじっさいの能力』

私たちは自分が存在することや、日常の生活のすべてを、
この「生命のじっさいの能力」のおかげで生きることができているのですが、
なかなかこのことをちゃんと意識したり、正当に評価することができていませんものね。

ほんとうの自分の能力と、その可能性に気づいていけるように、
どんどんと情報を発信していきたいと思います。
2011/11/11(金) 20:08:13 |URL|やまがみてるお #- [編集]
学びブログ春さんへ
学びブログ春さん、コメントありがとうございます♪

> 38億年かけて蓄積してきた生命のじっさいの能力を活用しましょう!

どんどん活用しないと、もったいないですよね。

学びブログ春さんのブログもとっても心地よい波動を感じます。
たっぷり活用されていますよね!

「今日も一日、いい日になるぞ!」
2011/11/11(金) 21:07:30 |URL|やまがみてるお #- [編集]
みやさんへ
こんにちは、コメントありがとうございます。

> 言葉が浮かんだり、考えたりしていて気づいたら観察するようにしています。そうすると言葉や考えは止まります。

言葉を観察することができるようになってくると、考え(言葉・思考)は自然に止まります。これは別に難しいことではなく、あたりまえのことだと認識していくださいね。

> だけど、止まってしまうと、これでいいんだろうか?とか、いろんなこと考えられなくてつまらないなんて思ってしまいます。

これを、私の言葉で説明させていただきます。

だけど、止まってしまうと、「これでいいんだろうか?」とか、「いろんなこと考えられなくてつまらない」なんて「思ってしまいます」。

「  」で結んだ部分がキーワードです。

みやさんは、頭のなかの考えが止まると、

「これでいいんだろうか?」とか、「いろんなことを考えられなくてつまらない」と「思ってしまう」のですね?

考えが止まったときに、それに対して「思っている」(考えている)ことが、「考え」(思考・言葉)ではないのでしょうか?

このように私たちは気づかないうちに、いつも考えに翻弄されています。
だからこそ、そのつど気づく習慣を身につける必要があるのです。

ですから、「これでいいんだろうか?」とか、「いろんなことを考えられなくてつまらない」という「考え」が、みやさんを不安にしていることに気づくように注意してください。

この不安をあおる声(言葉、考え、思考)こそが、自我の声です。

自我は、自分の正体(思考が幻想であること)が、みやさん(の意識)に見破られそうになっていることにあせりを感じはじめているのです。

そのつど、この声に気づけるようになると、新しく姿を変えた考え(「これでいいんだろうか?」とか、「いろんなことを考えられなくてつまらない」など)も、自然に少なくなっていきます。

思考が少なくなると、そこに明晰な意識が目覚めます。

そこには、苦労も、不安もない、すばらしい世界がみやさんを待っています。

ただし、そこに完全に目覚めるまでは、何度も何度も、自我の声にだまされそうになることはあるでしょう。

> 私は何なんだろうとか。考えないようにして何をして生きていくんだろうなんていいようのない不安が浮かんできます。宇宙の中にひとりでほおり出されてしまった感じがして、どうしたらいいのかわからなくなります。

これは自我が、非常にあせっている証拠です。

私も自我には、ほんとうに苦労させられました。
ですから私の記事には、自我にだまされないように、というような記事が多くなる傾向にあるのでしょう。

自我こそが、悟りのもっとも大きな障害として私たちのまえに立ちふさがってきます。
私たちにはなかなか、このことには気づけないからです。

悟りが起こるまでは、自我に完全に乗っ取られて、自我こそが、自分だと信じているのですから。

> でも、考えると辛いので観察をするようにしているのですが…。

これをどうか信じて、つづけていってください。

困ったことがあったら、またいつでも相談してくださいね。

いまが重要な勝負時です!
2011/11/11(金) 22:05:02 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ありがとうございました。
やまがみさん
こんにちは。
丁寧に答えていただいて嬉しいです。
やまがみさんもそうだったんですね。
>自我こそが、悟りのもっとも大きな障害として私たちのまえに立ちふさがってきます。
私たちにはなかなか、このことには気づけないからです。

ひとりでは気づけなかったです。どうしようもなく不安になって、辛くなって、観察をやめようと思いました。でも、止めるとまた母のことで自分を責めるので観察は止めたくないし…。観察するとまた不安になって、とにかく寝てしまえば楽になるかもと考えて早く寝ようとしたりしてました。

続けます。頑張ります。
2011/11/12(土) 12:47:20 |URL|みや #- [編集]
みやさんへ
こんにちは。

私もおなじように、苦しくてどうしようもなくなり、正直、自殺の一歩手まえまでいきました。

エックハルト・トールの教えと出会い、思考の観察を試みて、悟りを達成するしかないと感じました。
それを達成するか、人生をあきらめるかだと思い、真剣に取り組みました。

もちろん、その最中にも苦しくて、とてもつらい時期がありました。

あきらめずにこの道を進むと、不安と苦悩の原因が自分のなか(思考)にあったことを理解することになります。

自分のなかで、自分が作り出していたことを理解すると、そのあとは、原因をつくったのは自分なので、自分に取り除くことができるということがわかります。

また何かあったら、相談くださいね。

2011/11/13(日) 23:10:41 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

 ご質問には、記事のなかで
 お答えさせていただくことも
 ありますので、お気軽にどうぞ。

著書

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