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(67) 瞬間、瞬間における「思考」と、「出来事」とを区別する習慣を身につけましょう

11-07(月)01時03分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。

はじめてお越しの方は、「こちら」をご覧ください。




読者のムシコロさんとのコメント欄のやりとりで、

思考を見張るよりも、 (頭のなかの) 言葉を見張る方が、

わかりやすいのではないかというアドバイスをいただきました。




「いま思考が止まっているか、これを確認するには、

いま『言葉』が頭の中にないかどうかを見張るようにする、

あるいは意識するようにする、という方法がとても有効だと思います。

私はこの方法を長いこと愛用してますが、初めて公開します」

とムシコロさんは教えてくれました。




しばらく私も試してみますと、

思考という表現よりも言葉という表現のほうが、

頭のなかにそれが起こったときに気づきやすくなったのではないかと感じました。




「いまここ」に意識を集中して、

頭のなかに言葉が起こるのを見張ってみましょう。




意識を集中して頭のなかに言葉が起こるのを見張っていると、

それはなかなか起こらないものではないでしょうか。




とっても明晰な感じはしないでしょうか。

この頭のなかが明晰な状態、これが「悟り」の体験です。




思考とは、出来事に対しての言葉による説明や判断です。

ではつぎに事実 (「いまここ」で起こっている出来事)と、

思考 (説明や判断) との違いを認識しましょう。




私は鳥が大好きなので、

鳥が空を飛んでいると、すぐに目で追ってしまいます。




あるとき、私たちは鳥を見て、

「あ、鳥だ」と目で追ったとしましょう。




この「あ、鳥だ」が思考 (言葉・説明) で、

あるところから、べつのところへと

鳥が羽ばたいて移動していったことが、出来事です。




出来事は、宇宙の営みとして起こっています。




花を見たときに「あ、コスモスだ」と思ったら、それは思考 (言葉・説明) で、

「いまここ」にただコスモス (と呼ばれている花) が咲いている出来事を

私たちは目撃しています。

宇宙から見たらそれは「コスモス」ではありません(名もなきそれです)。




私たち人間の活動にもおなじことが言えます。

「車が走っている (走っていった) 」は思考 (言葉・説明) です。

ただ車は私たちの目のまえを走っていくことがあります。




「いま目のまえに車が割り込んできた」も思考 (言葉・判断) です。

もしかしたらその車は、交通ルールを守らずに、

車線変更禁止の道路にもかかわらずに、

私たちの目のまえに割り込んできたかもしれません。

けれどもそれも、道路交通法という思考、概念、

社会的ルールにしたがった思考による判断であり、このルールは、

宇宙の営みに対しては、何の効力ももっていません。




警察も、私たちとおなじく、

宇宙の営みに対しては何の権力ももってはいませんが、

このルールが適応される立場の人に対しては、

道路交通法という社会的ルールにのっとったうえで、

取り締まる権利をもちます。




宇宙の営みの一部として、

その車は私たちの目のまえにただ移動してきたのですが、

道路交通法という概念に同一化していると、

「私のまえに割り込んできた」(判断)

ように見えます。




おなじように「あいつは、まったく仕事をしない」も思考です。




社会の常識に従った思考 (判断) であり、

じっさいは、ただそのような性質の人が

宇宙の営みの一部としてそこに存在しています。




法律に基づいたことであっても、これとおなじことが言えます。

だからと言って私は、法律や社会的ルールを守る必要はないと

言っているわけではありません。




たとえそれが法律に抵触する犯罪ではあったとしても、

私たちには相手の行為 (すでに起こった出来事) を

修正させる (もとに戻す) ことはできません。

私たちにはただ自分の意見を述べることがゆるされるだけです。




私たちの思考 (過去の経験や学んできたこと) では

けっして理解することのできない営みが進行しています。

私たち自身もその営みの一部として存在しています。




その瞬間、瞬間の思考 (説明や判断) と出来事 (事実) の

違いを認識することが重要です。




思考と出来事との区別を、その瞬間におこなえるようになっていくと、

私たちは「いまここ」とのつながりを取り戻していくことができます。




もともとは「いまここ」には存在しない思考が、

「いまここ」の直接的な体験にベールをかけているからです。




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コメント:

言葉のテクニック
私もムシコロさんのコメントを読んで、なるほどーって目から鱗でした。確かに言葉化してる状態で既にフィルターかかってますよね。本日も「意識!意識!意識!」で頑張ります。ちなみにこのスローガン、先日ハルさんとこでも宣伝してきました。では☆
2011/11/07(月) 02:00:27 |URL|ゆき #- [編集]
言葉のテクニック
ゆきさんへ。

目から鱗とは、素晴らしいです。

私も「意識、意識、意識」のスローガン、活用させてもらいます。

ありがとうございます。^^
2011/11/07(月) 09:43:49 |URL|ムシコロ #- [編集]
やまがみさんへ。
言葉をチェックするやり方を、オプションに加えていただき、光栄です。

今回の記事の言葉についての考察と説明も分かりやすく、同感です。

思考がない状態は、やまがみさんのブログに出会ってから練習していますが、以前にチャレンジしたときより楽にできます。

ただし、回数と時間、どちらもまだまだです。
これについて、やまがみさんの「定着」するまでの3ヶ月の苦労話も聞きたいですね。

この「意識の中心」メソッドは究極の決定打だと思いますので、やる気満々です。^^


2011/11/07(月) 12:31:24 |URL|ムシコロ #- [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/11/07(月) 14:24:11 || # [編集]
Re: 言葉のテクニック
ムシコロさんの言うとおり、
思考よりも言葉のほうが、その虚偽に気づきやすいと私も思いました。

「頭のなかの言葉は信じるな」作戦と、
「意識、意識、意識!」運動をみんなで、展開していきましょう!
2011/11/07(月) 20:21:34 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ムシコロさんへ
こちらこそ、言葉をチェックするテクニック、ゆきさんも言ってるとおり、
私たちがこれまで使っていた「思考を見張りましょう」よりも格段にわかりやすくなったのではないかと
感謝しています。

> 思考がない状態は、やまがみさんのブログに出会ってから練習していますが、以前にチャレンジしたときより楽にできます。

このように言っていただけると、ほんとうにうれしいかぎりです。

> ただし、回数と時間、どちらもまだまだです。

これは、意識が気づいていなくても努力をつづけているかぎり、着実に進行していきます。

したがってこの時点での注意点は、努力を忘れないように注意してください。

> これについて、やまがみさんの「定着」するまでの3ヶ月の苦労話も聞きたいですね。

三年ほどの時間が経過していますので、このときの苦労がしだいにうすれてきているようで、
少し思い出してみて、書けそうなテーマを探してみて、ぜひ書かせていただきたいと思いました。

> この「意識の中心」メソッドは究極の決定打だと思いますので、やる気満々です。^^

ありがとうございます♪
できるかぎり、コメント欄や記事をとおして援護させていただきますので、ぜひ達成されてそのときには、ムシコロさんの経験された過程を、おなじように悩まれておられる方にお伝えしていってあげてくださいね。

「こんな調子じゃ、ダメだ、ダメに決まっている」などのように自我は語りかけてくるでしょうが、
そのような「言葉」が起こったときにこそ、できるだけ早くに気づけるように注意してください。

そして気づいたときには、自分を大いにほめてあげてくださいね。

それまではそのような思考(言葉)と同一化して、それに巻き込まれていたのですが、
それに、気づいたということ自体が、大きな成長なのですから。
2011/11/07(月) 20:35:07 |URL|やまがみてるお #- [編集]
みどりさんへ
みどりさん、こんにちは。

いつも、ありがとうございます。

ガンガジさんの言葉は詩的で、とってもすてきだと思います。
心の奥深くに、静かに響いてくるようです。


私も以前、漠然とした恐怖におびえていたころがあります。

たくさんのスピリチュアル・ティーチャーたちの教えに従い、
ある日、私はその恐怖のなかに入って行きました。

(じっさいにはインフルエンザか何かの感染症のために高熱にうなされ、
 恐怖におびえ、入っていくしかないような状態になったからなのですが・・・)

布団にくるまり、恐怖を感じはじめました。
体がガタガタと震え、何時間も私はその恐怖を感じました。

しばらくすると私は、その恐怖は、私のうちに存在していた死に対する恐怖であると感じるようになりました。

それでもその恐怖を感じつづけていくと、やがて私に「私は、いまはまだ生きている」というような感覚を感じるようになりました。

やがて私は、その恐怖の感覚は、私が「死」という現象が存在すると認めていたから起こっていたことを理解しました。

恐怖に抵抗して、それを認めず、そこから逃げようとしつづけるかぎり、恐怖は私に影のようにまとわりつきました。

恐怖はじっさいには存在しないにもかかわらず、おびえることによって私自身が、それを実態として存在させていたのです。

恐怖を感じつくした翌日、目を覚ますと恐怖の感覚は体から消えていました。

そうして、私もみどりさんと同じく、
じっさいには、生も死もないということを理解しました。

生も死もない世界に目覚めることは、私たちにとっての死の意味を変えるでしょうね。

死は悲しむべきものではなくなり、死があるからこそ「いまここ」の生が輝きはじめるでしょう。
2011/11/07(月) 20:55:12 |URL|やまがみてるお #- [編集]
こんばんは。
~「言葉」が頭にないか見張る~を試してみました。

自転車に乗って買い物に行ったとき、前を人が通りました。その時、「人が通った」って頭の中で言葉にしているので、すでに思考ですよね?今度は、それを感じて、「人が通ったって今考えてる」ってまた言葉にして、考えるのやめなきゃって思っている。
言葉にしないってことは、「人が通ったとき」ただ漠然とみている状態なんでしょうか?目の前に起きることをただ眺めるみたいな感じですか?
今日はそんなことを思いました。言葉にしないことって、難しいです。
2011/11/07(月) 22:49:24 |URL|みや #- [編集]
こんばんは。
みやさんへ。

僭越ですが、言いだしっぺの私に少し説明させてください。

>その時、「人が通った」って頭の中で言葉にしているので、すでに思考ですよね?

そうです。ここで言葉を切ればよいのですが、言葉がでたことについて、つぎの思考がコメントしたわけです。
でも、またそこで言葉を止めればよいわけで、その練習です。

>今度は、それを感じて、「人が通ったって今考えてる」ってまた言葉にして、考えるのやめなきゃって思っている。


思考の特徴の一つに「連想ゲーム」がありますが、まさにそれですね。^^笑
これはもう、勝手にでてくるもので、無意識ですね。
思考が思考している状態です。


>言葉にしないってことは、「人が通ったとき」ただ漠然とみている状態なんでしょうか?目の前に起きることをただ眺めるみたいな感じですか?

初めは漠然と感じるかも知れません。
なにしろ思考がないし、そのことに慣れてないですから。

でも、思考を止める、言葉を止めてみると、例えそれが短時間でも、思考と意識の違いが分かるようになります。
それで、思考しているときが無意識であることがわかるようになると思います。
無意識というのは、自覚がなくて、勝手に連想ゲームをします。

考えに耽る、これを私たちが一日中やっていることが分かってきます。
これしかやってない、と言っても大げさではないかも知れない。
2011/11/08(火) 09:55:22 |URL|ムシコロ #- [編集]
やまがみさんへ。
>これは、意識が気づいていなくても努力をつづけているかぎり、着実に進行していきます。

>したがってこの時点での注意点は、努力を忘れないように注意してください。

私は思考が無い状態を定着「させる」という発想がありませんでした。
できると思ってなかったかも知れません。
逆に、気付きがやってきたら、自然に思考がない状態が定着するだろうと思っていました。

やまがみさんのおかげで、コペルニクス的転換なわけです。大げさですけど。^^笑
やまがみさんという実例の存在が大きいです。


>三年ほどの時間が経過していますので、このときの苦労がしだいにうすれてきているようで、
少し思い出してみて、書けそうなテーマを探してみて、ぜひ書かせていただきたいと思いました。

これは楽しみです。期待してます。^^

2011/11/08(火) 10:40:35 |URL|ムシコロ #- [編集]
ムシコロさんへ
ありがとうございます。
頭の中、言葉だらけです。本当にずっと無意識に考え続けています。
そして、考えるほど自分が疲れて苦しんでいます。
まずは、言葉を止める練習ですね。
2011/11/08(火) 16:24:08 |URL|みや #- [編集]
みやさんへ
こんにちは。
いつも、ありがとうございます。

> 頭の中、言葉だらけです。本当にずっと無意識に考え続けています。

このことに気づいたことは、すばらしいことですね。
自分の頭のなかにある言葉に気づいたということは、
気づいたみやさんには、言葉(思考)からの分離が起こったということです。

これまでは、言葉(思考)イコール自分の状態でした。
言葉イコール自分の状態では、自分(言葉)を見ることはできません。

私たちの目が、目自体を見ることができないのとおなじです。

目が、目を見るためには、その場所から離れた視点(この場合は鏡などと通して)を手に入れなければなりません。

> まずは、言葉を止める練習ですね。

言葉を、止めようとすることは、難しいので、ただ観察することをおすすめします。
言葉が起こったときに、それをただ観察して、起こるがままにゆるします。

「あ、人が通った」→「あ、私は、人が通ったと考えている」→「これをどう止めればいいのだろう?」→「これは全部言葉でできている」→「うーん」→「そうだ、止める必要なんてないんだ」→「観察してみよう」

頭のなかを観察することができると、思考は自然に収まっていきます。

けれどもこれも、しばらく止まるかもしれませんが、またはじまります(考えることが無意識の癖になっているため)。

「観察したら、止まったような気がする」→「私ってすごいかも」→「これが悟りね」

なんていう思考(言葉)にまた呑みこまれていくかもしれません。

思考が起こったことに気づいたら、また観察に戻ります。

「あ、私はまた考えてるやん」→「思考を止めなきゃ」→「どうやって止めるんだっけ?」→「そうだ、止める必要なんてないんだ」→「観察するんだった」

思考は思考によって「止めようとしても」逆効果になる場合がありますので、

思考を超えた視点の獲得が必要になります。

自分の頭のなかが言葉だらけであることに気づくことが、気づく視点が、思考を超えた視点です。

なれてくると、思考の量が減ってきますので、もっとかんたんにできるようになっていきます。
2011/11/08(火) 17:47:01 |URL|やまがみてるお #- [編集]
ムシコロさんへ
ムシコロさんへ、

いつもありがとうございます。

努力を要することを私に理解させてくれたのは、アジズ・クリストフ(『アジズとの対話』)でした。

あるときまでは、努力を要しますが、
定着することによってそれがあたりまえになりますので、
そのあとは、無益な思考の起こりにくい状態に、自然になります。

「言葉」を観察するテクニックは、評判がよく、多くの人の力になることができるでしょうね。

ただ「言葉」を止めようと意図したり、その内容を変えようとすることは、ときおり逆効果になる場合があります。

この逆効果によって私は、自分を責め、うつ病を発症しました。

(思考を止めようとしても、止められずに、このため思考は暴走して自分を責めるようになる場合があります)

できるだけそのような印象を与えないように注意をしていますので、
私が語るときには「思考を止めようとせず、ただ観察するように」と
伝えさせていただいていますので、ご了承ください。

> 三年ほどの時間が経過していますので、このときの苦労がしだいにうすれてきているようで、
> 少し思い出してみて、書けそうなテーマを探してみて、ぜひ書かせていただきたいと思いました。

できるだけ、読者のみなさんの悩みに密着したテーマで書けるといいですね。
2011/11/08(火) 18:55:05 |URL|やまがみてるお #- [編集]

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Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
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