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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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「誰でも悟りプロジェクト」復習(5)すべては「大いなる存在」のあらわれ

03-05(水)21時51分
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私たちには、選択の自由があるように思います。




けれども、どのようなことを選択したとしても、

この問題に真摯に向き合うと、

つねに観察されるのは、何を選択したとしても、

起こることが、けっきょく起こるがままだということです。




起こることが、起こるがままだとしたら、

この選択の自由は、何の役に立つというのでしょうか?




ここから、どのような行動を選択したとしても、

それが「大いなる存在の意志」であり、

そして、その結果、私たちが受け取るものも、

たとえそれがどのようなものであろうとも、

それが「大いなる存在の意志」だということになります。




けれども、現代の私たちはこれとは逆のことを教育されてきました。




あるときに(私たち人類だけが〇〇〇〇年〇月〇日と呼ぶ瞬間に)

私たちはそれぞれ、母の子宮から出てきました。




その数週間後、私たちは、自分が〇〇〇男、

もしくは〇〇〇子だと名づけられます。




まだこの瞬間には、この意味は理解できていなかったでしょうが、

成長するにつれて、しだいにさまざまなことを理解していきます。




母の子宮から出てきた瞬間(〇〇〇〇年〇月〇日)に

生まれたと教えられることによって、

私たちは、自分が「生まれてきたものだ」と条件づけられます。




これが起こったことで、

暗に「いつかは死んでいくものだ」という条件づけが起こります。




じっさいには、生まれてきたのではありません。




「一なる命」の躍動が、そのように「起こった」だけのことなのです。




こんなふうにして、私たちは、自分とは何かを教えられ、

それこそが真実であると盲信している状態にあります。




ここで、つぎのことを考えてみましょう。




いま私たちは

「名前と、そのあとに経験したことの記憶」を

自分だと思っています。




母の子宮から出てきたばかりのときの私たちには、

名前はありませんでした。




ある瞬間、〇〇〇男、

もしくは〇〇〇子と呼ばれるようになりましたが、

それ以前には、〇〇〇男でも、

〇〇〇子でもなかったということです。




では、このどちらが「本当の自分」でしょうか?




「本当の自分」が、いくつもあるとおかしいので、

このどちらか一方が「本当の自分」で、

別の方は「本当の自分ではない」ことになります。




「名前と、そのあとに経験したことの記憶」が

「本当の自分」だとしたら、

それ以前に自分がいてはおかしいことに気づきますし、

逆に「ずっと続いてきた生命の活動」が

「本当の自分」だとしたら、

「名前と、そのあとに経験したことの記憶」は、

自分の真実の「すべて」ではないことに気づきます。




私たちには、このようにして、

名前が授けられた後、

さらに人生のすべてをとおして、

「自分とは何か?」

「世界とは何か?」

「どう反応するべきか?」

が教育されていきます。




そしてそれを「盲信」しています。




この説明(私は〇〇〇男、もしくは〇〇〇子である)に執着することは、

真実ではない自分に操作されているということになります。



この名前、私は〇〇〇男、もしくは〇〇〇子である、の語ることが、

私たちに「あるがまま」に抵抗させている正体です。




すべては、もともと「あるがまま」なのですが、これらの教育によって、

その「あるがまま」に抵抗する必要性を、教えられてきたからです。




こうして、その後私たちは、けっして勝てるはずのない戦い

―なぜなら、自分を守ろうとすることは、

もともと存在しないものを守ろうとすることだからです―に

人生を費やし、もっているエネルギーのほとんどを費やしていきます。




けれども、じっさいは、

すべては「大いなる存在」のあらわれです。




すべては「あるがまま」です。




ただ、あるがまま。




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「誰でも悟りプロジェクト」復習(3)真実を隠す思考の「指示する部分」

02-28(金)21時58分
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前回は、真実を隠す思考の「説明する部分」についてお話しました。




今回は、真実を隠す思考の「指示する部分」について考えていきましょう。




ところが、ここから目覚めるのは、

「説明する部分」からの目覚めよりも、困難であるかもしれません。




この部分こそが「あるがまま」に抵抗している部分であり、

これゆえこれには「大いなる存在」の意志がかかわっているからです。




すでにお話しましたように、「大いなる存在」とは「あるがまま」です。




これに対して、思考の「指示する部分」は、

それまでに身につけてきた「いい/悪い」の判断によって、

私たちの反応を指示します。




私たちはそれにしたがいます。




これは自動のプログラムだからです。





この自動のプログラムから目覚めるために、

私たちには何ができるのか? 

そして、何はできないのか? 

を理解する必要があると私は考えています。




結論からお話しましょう。




私たちにできることは、観察のみです。




では、私たちが観察したいことは何でしょうか?




私たちの「いい/悪い」の判断が、真実ではない可能性です。




つまりこの判断こそが、私たちの人生を困難に陥れている可能性です。




この観察によって、その可能性が理解されることで、

しだいにこの判断は手ばなされはじめます。




けれども、これも「あるがまま」「大いなる存在の意志」に

したがってしか起こりません。

なぜなら、すべてはもともと「あるがまま」だからです。




そして何度かご紹介したロバートシャインフェルド氏のいうとおり、

私たち一人ひとりにとって、ちょうどいいときに、

それはおこります。




それが「あるがまま」だからです。




ところが、観察さえもおこなわなければどうなるでしょうか?




無意識にその反応(いい/悪い)の奴隷のような人生をくりかえしていきます。




それも「あるがまま」ですか?




それも「あるがまま」です。




それも「大いなる存在の意志」です。




でも、観察を選ぶことはできます。




矛盾しているように感じますか?




次回はこれについて考えましょう。




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「誰でも悟りプロジェクト」復習(2)真実を隠す思考の「説明する部分」

02-21(金)21時09分
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すべては、「大いなる存在」のあらわれです。




すべては、「大いなる存在」のあらわれであり、

私たちの住む宇宙は、そのなかの躍動にほかなりません。




悟りとは、「大いなる存在」の感覚を「取り戻していく過程」です。




その過程は一人ひとり違います。




そして一人ひとりが味わう体験それ自体が「大いなる存在」の意志です。




すべては、「大いなる存在」のあらわれではありますが、

私たちのそれを認識する能力は、いまは忘れられています。




けれどもそれは失われてしまったわけではなく、

ある障害物のために見えなくなっているのです。




障害物が、思考(知識、学んできたことによって形成された思考)です。




「障害物になっている思考」は、二種類あります。




「説明する部分」と「指示する部分」です。




「説明する部分」は、世界や私たちのことを説明する部分です。



世界とは何か、自分とは何か、

そもそもの出発点から、名前をつけて、説明をつけることで、

すべてを「一つの命」から分離させてきています。




いつもいっているようにこのため、

もともと「一つの命」をバラバラに見ているだけです。




そもそもの出発点から、バラバラですよ、

という幻想を見るように教育されてきているために、

そのようにしか見えなくなっているだけです。




「指示する部分」は、「説明する部分」によって「いい/悪い」を覚えたあと、

その分類にしたがって、どう反応するべきかを私たちに指示する部分です。




じっさいは、世界には何もいいものも悪いものもなく、

もともとただ「あるがまま」です。




何もかもです。




起こる出来事、起こる感情、すべてに、

いいものも、悪いものもありません。




そもそもの出発点から、

「いい/悪い」があると教育、もしくは無言の行為によって暗に示されてきたため、

もともと「いい/悪い」のない、一つの躍動を、

いいものと悪いものにわけて見る習性が身についているだけです。




そもそもの出発点から、

いいものは歓迎せよ、悪いものは拒絶せよ、と教育されてきているために、

そのように感じるようになっています。




すべては「一なる命」「大いなる存在」であり、

それはそのままで「あるがまま」です。




「大いなる存在」「あるがまま」を隠し、

障害物になっている思考の「説明する部分」は、

「無意識に信じる状態」から、

「意識的に観察する」状態になることで、ほころびはじめます。




私たちはさまざまなものを名づけ、説明し、それが真実だと思っています。




ところが野に咲く花は、

本当は「花」でもなんでもありません。

「植物」でもありません。




宇宙にとって、

それは「花」でしょうか?

「植物」でしょうか?




しっかりと観察すると、

それを「花」と呼んでいるのは、

私たち人間だけだということがわかります。




しかもそれが「花」と呼ばれている場所は、

私たちの頭のなかだけです。




現実の世界には、

どこにも、「花」という独立した存在はありません。




現実の世界から、私たちが頭のなかで切り取って、

説明したときに限り、それは宇宙から分離した「花」や「植物」と認識されます。

(実際には、分離はしていませんが、

 私たちの頭のなかでは、分離したものと認識され、

 そのように扱われることになります。)




真実を隠す思考の「説明する部分」は、

しっかりと観察すると、うそだということがわかります。




かんたんにわかるでしょう。




これによって、たとえ現代の私たち、

人類全体が盲信していることでも、

うそだということがわかってきます。




ところが、観察しません。

どうしてでしょうか。




私たちはそれにだまされていたい、

まだまだみんなと同じ催眠状態にいたいからです。




催眠状態から目覚めるために、

私は「思考観察」をおすすめしています。




私はこれで、

何も難しいことをおすすめしているわけではありません。




非科学的、また神秘的なことをお話しているわけでもありません。




私がおすすめしていることは、

思考に気づき、その思考が語っていることが、

本当に真実かどうかを、現実世界と照らし合わせて

検討していくことです。




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「誰でも悟りプロジェクト」復習(1)悟りは、特別なことではない

02-13(木)23時10分
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しばらく、私がお伝えしたいと思っていることを、

『「誰でも悟りプロジェクト」の復習』シリーズの記事で、

復習していきたいと思います。




「悟り状態」と私が呼んでいるものは、

何ら特別な状態でも、不思議な状態でもありません。




では、どうしてそれが取り戻される以前は、

それを特別なもののように感じるのでしょうか?




いまでは、たくさんの人が「悟りとは何か?」を語っています。




それぞれに体験され、

自分の体験したことを伝えようと努力しているからです。
 



けれども、悟りによって、どのような体験をし、

そのどれを伝えようとするかによって、伝えるものが変わってきます。




たとえば、「あるがままへのゆだね」が起これば、

不幸に感じることが少なくなっていきます(あるいは、なくなります)。




けれどもこれは、「それ以前に不幸と分類していた出来事」が

悟りによって「起こらなくなる」のではなく、

「あるがままにゆだねている」ため、

「それ以前は不幸と分類していた出来事」が、

「あるがままにゆだねることで」、そう分類されなくなるから、

そう感じるようになります。



この違いがご理解いただけるでしょうか?




この人は、自分が幸福になった(不幸がなくなった)と感じます。




じっさいには、それ以前と何も変わらず、

それ以前の「不幸と判断していた自分がいなくなった」ために、

不幸と判断されることがなくなったのですが、

これを「悟りが起こると幸福になった」と話すかもしれません。




聞いた人は「自我をとおして」これを聞きます。




こうして「不幸の存在しない幸福(もう不幸の起こらない幸福)」

という幻想がつくられます。




これによって、「悟り」にその人のイメージ(自我の期待、願望)が投影され、

その人は、「その投影された存在しない悟り」を探しはじめます。




こうして、悟りのないところを探しはじめることで、

悟りはその人から、遠ざけられます。




魚の棲んでいない池に釣り糸をたらしても、

けっして魚はつれることはありません。




悟りは、何も手の届かないところにあるのではありません。




誰にでも、手の届く範囲に、いいえ、

つねにいっしょにあったのです。




いま自分の見ているもののなかに、

ずっとそこにあるのですが、

自我が働きはじめると、

そこに(悟りに)投影されたものが、それを見え難くします。




というよりも、

拒絶を起こすといういい方の方が、

わかっていただけるかもしれません。




自分が「幸福/不幸を判断すること」これが、

悟りから、私たちを遠ざけている可能性に、

意識を向ける勇気はありますか?




幸福/不幸は、もともと存在しません。




いい/悪いは、もともと存在しません。




すべては、ただ「あるがまま」、

もともと「あるがまま」、

これまでも、もちろん、これからも―




この星に、あとからやってきた私たちが勝手に、

頭のなかで、それをこしらえているだけなのです。




人類全体でこの妄想のなかに生きています。




この妄想が、自然(あるがまま)から逸脱しているだけなのです。




自然界にあるものを、

いい/悪いと判断することの方が、不自然だと思いませんか?




雨を批判する権利はありますか?

雨が降らなければ命は育まれません。

雨だけではなく、その他に、たくさんの「ノー!」

をこしらえてきています。




無意識に―




悟りは、不自然な状態から、自然な状態に戻ることです。




ここで、自分につぎのように問いかけてみてください。




でも、いい/悪いの判断のない世界に、

入りたくない(じっさいには戻ることなのですが・・・)のではないですか?




その気持ちが、けっして存在しない不自然な状態を望み、

「その不自然な状態が起こらないかぎり

(自分から不幸〔と判断するもの〕がなくならない限り)

悟りではない」といって、

目のまえにある(けっして隠されていない)

「あるがまま」の悟りの状態を拒絶しているのです。




*Information*




*各種イベント開催いたします!




◆「やまがみてるお サットサンin大阪」


・大阪市内:2014年3月 7日(金)19:00~21:00(受付開始 18:45~)

・参加費:3,000円(お申し込み後、お振込み)

・お申し込みは こちら

・サットサン詳細は こちら




◆「やまがみてるお トークライブin福岡」


・福岡市内:2014年3月14日(金)19:00~21:00

・参加費:3,000円(お申し込み後、お振込み)

・お申し込みは こちら



 
◆「1Dayワークショップ『さとり意識発見in福岡』


・福岡市内:2014年3月15日(土)10:00~16:30

・参加費:20,000円(お申し込み後、お振込み)

・お申し込みは こちら




◆「1Dayワークショップ『さとり意識発見in大阪』

 
・大阪市内:2014年3月29日(土)10:00~16:30

・参加費:20,000円(お申し込み後、お振込み)

・お申し込みは こちら




◆「2Daysワークショップ『さとり意識定着in東京』


・東京都区内:2014年4月19日(土)~20日(日)10:00~17:00

・参加費:35,000円(お申し込み後、お振込み)

・お申し込みは こちら



*1Dayワークショップ&2Daysワークショップ詳細は こちら




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プロフィール

やまがみてるお

Author:やまがみてるお
アーティスト
誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
自然な意識状態です。

子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

※現在、コメントへの
 返信はおこなって
 おりません。

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 お答えさせていただくことも
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