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やまがみてるお blog   意識の中心―ほんとうの自分―の見つけ方

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金城正実さんの思考観察記録 (3:最終回) やはり、思考観察は運があがる

04-19(金)18時40分
こんにちは、やまがみてるおです。

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「思考を観察して、思考に気づき、その思考に気づいている存在に意識を向ける」

これが私のお伝えしている「思考観察」です。

そうすると、「思考からはなれた存在」が安定化していき、

やがて思考と自分とは、別ものであることがわかるようになります。

そうなると、思考や感情の影響を受けない人生を生きることができるようになります。




けれども、思考はあらゆる手段を使って、

私たちを、かつての習慣に引き戻そうと試みてきます。




そのつど、私たちは、

「ただ観察することを思いだす」ように注意をして、

思考の虚偽を見破っていきたいのです。




「ただ観察することを思いだす」とは、

思考がたとえ何をいってこようとも、そのたびに、

それがすべて「思考(虚偽)にすぎない」ということに気づくことです。




そうすると、しだいに思考や感情の影響を受けない人生を

生きることができるようになっていき、この結果、

思考や感情に困らされることがしだいに減っていくおかげで、

まるで運があがったように感じるようになるでしょう。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2013/1/11


思考について その9


思考を観察するには

観察している「者」がいるようです。


「その観察している「者」を意識する」

という教えはとても大事な気がします。


... その観察している「者」を

いつも意識出来ているわけではないので、

意識してなかったと気づいた時に 

その「者」に意識をもどそうとすると思考は

「それは本当に正しい戻し方なのか」と囁きます。


私の思考の癖はそのように「正しい、正確な、賢い」自分で

ありたいようです。(^_^;)


そのように囁く思考の誘惑も観察の対象にして

観察している「者」を意識する練習を

気楽にやってみれば、

観察している「者」を意識することは自動的に

達成されています。


あら不思議…(^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


私たちは、金城さんがおっしゃられているように、このような思考

(そのように囁く思考の誘惑も含むすべての思考)も、観察対象にして、

気づいていきたいわけです。



そしてさらに、「観察している『もの』」を意識する練習を

していきます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2013/1/30


思考について その10


思考を観察している「者」を意識する

ということは、気楽に練習をつづければ

自然に出来ている気がします。


そのことを利用して、少しいやな出来事があって

... そのいやな気持を手放すことに応用できそうです。


まず、そのいやな出来事を思い出すと、いやな気持が

よみがえりますが、その気持ちをただ胸のあたりに感じつつ

思考を観察する「者」を意識していると

いやな気持が溶け出して消えていくような気がします。


「手放す」というのは、ただ感じている、その状態を眺めていて

アタマがやってしまういやな感じの増幅に気づけている

というこでもあると思います。


これも気楽に練習すれば自然に身につくだろうと思います。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




思考に気づいていないとき私たちは、無意識のうちに、

金城さんのいうように「アタマがやってしまういやな感じの増幅」に

苦しめられます。




思考に気づき、そこからはなれた視点で生きていくことができるようになるにつれて

私たちは、金城さんのいう「アタマがやってしまういやな感じの増幅」から

逃れられるようになっていきます。




「いやな感じの増幅」は減少してきます。

いやなことが減り、それにかわって「いやなことではないこと」が増えていきます。




つまり、幸福が増大します。

つまり、運があがったと感じるようになります。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2013/2/7


思考について その11


ひとりになれる時間をとって

思考を観察している「もの」を意識しつつ

静かにしていると、とても心地いいです。


この時、私は目は開けたままの方が

... 良い気がします。


このことを行った後は、何か物事がスムーズに

いく気もしますし、疲れもとれます。


やはり、総じて運が上がると言えそうです。(^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


金城さんの思考観察記録を、私のブログの読者さんにご紹介したいと、

金城さんにお願いしたときにはもちろん意図していなかったことですが、

今回記事を書こうと

金城さんのfacebookにて過去記事を読ませていただくとそのなかに、

私の著書をご紹介くださっていた記事がありましたので、

せっかくですので、転載させていただきます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2013/2/27


思考の観察は、思考を静止させるということが目的ではなくて

思考が静止していようが思考が動いていようが

そのことに気づいている「主体」の明確化にあると思います。


... その主体こそ、「ほんとうの自分」であり、思考と一体化していて、

一体化していることに気づいていないのが「偽りの自分」です。


その偽りの自分からほんとうの自分を取り戻す

マイルストーンとなる著作が今日、ご紹介したい

「やまがみ てるお」さんの

『「いまここに」さとりを選択する生き方』です。





この本は

「真の幸福=ほんとうの自分の発見=さとり」を

我々のより身近な親しいものにしてくれます。


それぞれのタイプの人に合った観察の仕方も網羅されていて

実践するのにとても取り組み易い工夫が凝らされています。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


金城さん、ご紹介、ありがとうございました!




金城さんは、比較的、

思考に気づいている視点の存在に気づかれるのが、早かったと思います。




が、早い遅いにこだわるのも思考です。

早い遅いではなく、「思考の観察をつづけていくこと」で、

その視点の存在に気づく可能性があることを理解していただけたら、幸いです。




「金城さんの思考観察記録」の最後は、

金城さん自身の以下の記事でまとめさせていただきたいと思います。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2013/3/11


思考について その12


思考に気づいている主体は「いま」にいるようです。


一方、思考は過去の記憶や未来についての想像を材料として

苦しんだりするようです。


苦しいこと(怒り、嫉妬、不安、寂しさ)がある時

... 「いま」にいる主体を保つようにして、その苦しみの思考を

眺める続けるようにすると、

自分が「いま」にいる主体の穏やかな状態に移行していくことが

感じられます。


ポイントは、まさに今にいる主体を保つことだと思います。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ポイントは、まさに今にいる主体を保つこと」by金城正実さん




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金城正実さんの思考観察記録 (2) これらも思考のジャッジに違いない。あせらずに…

04-18(木)14時38分
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金城さんは、つぎのように

ご自身のフェイスブックに書かれています。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/22

思考について その4

思考を観察しているときに、

観察しているものがいるような気がします。

それと共に静かにしているとき

心地いいです…


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「思考を観察しているときに、

 観察しているものがいるような気がします」


この「観察しているもの」こそ、私のお伝えしている、

「思考に気づいている視点」、「体験の主体」です。


最初は「なんとなくそんな気がする」程度かもしれません。


けれども、「思考を観察しているもの」が存在しなければ、

思考が観察されるはずはありません。


「思考に気づいているもの」こそ、それなのです。


思考を観察し、観察しているものに

意識を向けつづけることで、

やがてその存在がしだいにしっかりと

認識されるようになっていくでしょう。




この「観察しているもの」がしだいに確立されていくことによって

無意識に思考に巻き込まれる傾向はしだいに減少していくのですが、

それまでは何度も、思考は私たちから

主導権取り戻そうとして働きかけてくるでしょう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/24

思考について その5

「今日は思考の観察がうまくいかないなあ。

何か集中が持続しないなあ。

観察しているものにうまく乗れないなあ。」

これらも思考のジャッジに違いない。

... 観察がうまくいっているときを思い出して

それを所有しようとする思考。

あせらずに…

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


まさしく、こんなふうにして思考は、

いともたやすく私たちから主導権の取り戻しに成功しようとするのですが、

このときに、私たちは、これ―

これらも思考のジャッジに違いない―に気づきたいのです。




そう、あせらずに。




あせりが起こるのも、どこかで思考に巻き込まれている証拠になります。




そして、思考は、何度も何度も、さまざまな方法で、

私たちをふたたび思考のコントロール下へと連れ戻そうと

試みてきます。




金城さんは、うまいぐあいに、このことをかわされています。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Fb2012/11/29

思考について、その7

「その思考の観察の仕方は間違っては

いないのか。ほら、ここで間違えると

後々ずーーと間違えるぞ。ここはひとつ

立ち止まってじっくり考えてみようではないか。

... 思考の観察の仕方を整理してみようではないか。」

いやいやいやいや、そんなトラップには

引っかかるものか。ただ、ただ、観るのだ。

そうすれば、いずれ、従者となった思考は

必要とあらば

正しい観察の仕方を自動的に表現に落としこんで

くれるだろう。(^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


思考はあらゆる手段を使って、

かつての習慣に引き戻そうとしてきます。

そのつど、「ただ観察することを思いだす」ように注意をしましょう。




「ただ観察することを思いだす」とは、

思考がたとえ何をいってこようとも、そのたびに、

それがすべて「思考(虚偽)にすぎない」ということに気づくことです。




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金城正実さんの思考観察記録 (1) さあ、さあ、思考さん「聞いてやるから、話しなさい」

04-16(火)00時00分
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おもにfacebookにてご交流いただいております、

金城正実さんは、ご自身のfacebookにて

昨年秋より、思考観察記録を記されています。


皆さまのご参考になればと思い、

金城さんのご承諾を得て、記事にさせていただきます。


以下、金城さんの記事は「fb+記事年月日」と記します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/14

思考を止める手っ取り早い方法は、思考を観察することだと思います。

思考に気づいた時に、「ああ、こう考えてるなあ。」とラベルを貼る感じでしょうか。

楽しみながら練習すると、意外に長く止められたりします。

で、思考を止める習慣が何の役に立つのかというと、

運が上がるような気がするんですよね。

なぜかはよく分りませんが… (^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



こちらが、金城さんが思考観察をはじめられて、最初に感じたことを記された記事です。

金城さんは、直感的に「運があがりそうな気がする」と感じられたようですが、

思考が、あるがままの出来事に抵抗しなければ、

私たちはものごとが自然によりよく展開することを目撃します。

これは、私たちから見ると、まさしく運がよくなったように見えることでしょう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/15 

思考観察その2

以前、ある覚者の方が思考について面白い例えをしていました。

「ドミノ倒しの牌の間隔と同じことで、思考と思考の間が狭いと

次の思考に影響を与えて連鎖していく。

ならば、どんどん間隔を広げてしまえば、

一つの思考は次の思考に影響せず連鎖が止まる。」

というようなのでした。(原文通りではないですが。)

このドミノの例えは分り易くて、

「ああ、間隔を空ける練習をすればいいのかあ。」と、

とても参考になりました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「思考」と「思考」の隙間に、「ノーマインド」があります。

「思考の観察」に慣れていくにしたがって、

この隙間に気づくようになり、さらに、

気づくにしたがって、しだいにこの間隔が広くなっていきます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

fb2012/11/20

思考についてその3

思考を止めることを伝えようとすることも

思考を止める自分の中の深化になるような

気がします。

自分の中で、うまくいった時の感じを

... 概念化して、またその次に利用しようとする

思考も出てきたりしますので。反省みたいなことも出来ますね。

これは(概念化)、深化のスピードを鈍らせるんでしょうね。

そういう意味で、思考を止めることを伝えようとする時に

(自分に対しても)

「止めればいいんです。自分の気持ちのいい感じ方で。」

って、最後にはなるのかもしれないと「考えて」いたりします。^^;

と言いつつも、

ケン・ウィルバーの方法は次のような感じらしいです。

『もし、わたしが、内的な独白(絶えまないひとりごと)を前にして、

能動的な聞き取りの態度を取り、

この独白に何でも好きなようにいうことを認めてやれば、

つまり、「聞いてやるから話しなさい」 という

きまり文句で定義されるような態度を取るなら、

独白が(わたしの強制や抑圧なしで)止まるのが観察できる。

それは、用心深く待ち受けるわたしの姿勢が崩れるまでは再開されない。』

(^_^;)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ケン・ウィルバーの説明は、さすがだと、うなずきました。

「思考観察」をはじめても、初期のころはまだ

「思考に気づいている視点(定点)」が安定化していないため、

すぐにふたたび思考にのっとられるようなことを

経験する可能性があります。




「思考の観察」をはじめて、間がないころの私たちは、

金城さんが最初の記事で書いているような体験をします。




「思考に気づいた時に、『ああ、こう考えてるなあ。』とラベルを貼る感じ」になるでしょう。




けれども、この「ああ、こう考えているなあ」自体が思考だと感じると、

何がなんだかわからなくなります。




これが思考の策略なのですが、私たちはこれに気づかずに、

これも思考、あれも思考と、思考することで、

気づいている自分を見失ってしまうのです。




(ラベルを貼っていても、ラベルを貼っていることに、気づいている視点がそれです)




このようなときには、金城さんご紹介の

ケン・ウィルバーの方法が参考になるでしょう。




思考に対してつぎの態度で臨むのです。




「聞いてやるから話しなさい」(ケン・ウィルバー)






そして、その内容を、ただ聞いてあげましょう。

そうしながら、それを聞いていることに気づいている自分に気づいてください。




それを聞いている自分が存在していることに気づくことで、

思考と自分とは別ものであることがしだいに認識されていきます。




この認識が深まるにつれて、思考のなかへと無意識に

自分が見失われることがしだいに少なくなっていくでしょう。




*金城さんの表現に対する、やまがみからの補足


思考は止めることはできません。

思考を止めようとすること自体が思考だからです。


思考は、ケン・ウィルバーの姿勢

「聞いてやるから、話しなさい」の姿勢で臨んだ場合にかぎり、

自然に起こらなくなっていきます。


金城さんにとっては「思考観察」をはじめられた理由が、

「思考を止める」目的であったために、

そのように表現されているのだと、ご理解をお願いいたします。




*Information*


*『「さとり意識」発見ワークショップ』を開催いたします。

「意識化している自分」という定点を見つけることに重点をおいた、ワーク中心のワークショップになります。

◆大阪(2013年4月27日)

◆東京(2013年5月26日)

詳細は、こちら



*『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』ナチュラルスピリット刊、好評発売中!






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つとむさんの思考観察記録(10)最終回 つとむさん名言集

03-26(火)14時37分
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「つとむさんの思考観察記録」は、読者のつとむさんの、

昨年(2012年)12月から思考観察を本気ではじめられて以降、

ご自身に現れた目覚しい変化が、コメント欄に記録されていましたので、

これがほかの読者の方の役に立つのではないかと記事にまとめているものです。




「つとむさんの思考観察記録」をはじめて読まれたかたは、

こちらからお読みください。




「つとむさんの思考観察記録(1)~(9)」に記録された

つとむさんの成長を読まれて、どのように感じられましたでしょうか。




2013年3月14日のコメント欄において、

つとむさんは、以下のように書いています。




私は思考観察を続けてきて自分の人生観が180℃変わり、

まるで別人になったと感じます。

今までは世間は敵だらけで、

常に戦って行かなければ幸せは獲られない、

そのため周囲も、そして自分も傷付けてしまい

正に四面楚歌状態でした…」






思考の虚偽とともに生きている私たちは、

虚偽の思考に苦しめられ、

自分で自分を苦しめていながら、

このことに気づかずに生きているような状態にあります。




けれども、思考を無条件で信じているため、

このようなことを耳にしても、

それでも、思考の語ることと逆の選択を試してみる

ことさえもちゅうちょしたくなる気持ちが起こります。




「思考に気づく」こと、

気づいた自分と、思考が分離していることに気づくことによって、

思考からはなれている自分にとっては、

思考の語ることに従う必要は、かならずしもないことに

気づくことができるようになります。





そうしたら、これまでは思考の語ることだけしか

選ぶことのできなかった私たちに、

思考の語ることと逆の行動を選択する「自由」が誕生します。




つとむさんはいいます。




ラジオを聴きながら「体験の主体」を意識していたら、

あれ? 思考の出所と、イヤホンで聴いた時の

音の響く場所は同じでは?」と感じ、

その後ラジオが終わってイヤホンを外して街を歩くと、

思考がまるで頭の中で響くラジオのように感じられました。




思考は注意して聴くこともできますが、聴き流すこともできる。

また、街の雑踏のように自分で無理矢理消すことはできませんが、

気にしなければただの聞こえてくる雑音。

聴いている主体は雑音とは別物。

と言った感覚を得ました。




言葉の思考には散々振り回されましたが、

イヤホンで聴くラジオみたいなものだと気付いたら

観察が軌道に乗りました。




世界があるがままだとしたら、

この思考もあるがままの世界の一部。

流して観てれば良いかなといった心境です。






流して観る自分の視点からは、抵抗がなくなります。

抵抗がなくなることによって、楽になります。




何ひとつ自分ではコントロールできず、

やったつもりになっているだけで、

すべてやらされていたんだなあーと。

観察をしてたら最近そのような認識になりました。




この認識に至ってから楽になりました。

だって私がいるように見えて、いないんですから(笑)






けれども、私たちは、

すぐにまたこのようなことは、忘れます。

これは、それが、これまでの私たちの習慣だからです。




最初のうちは

忘れたときに起こる思考にてこずるかもしれません。




思考は、巧妙に、観察をすり抜け、

私たちをふたたび思考のコントロール下に

引き戻そうとするからです。




私たちは、思考が起こった瞬間に、

それが「たんなる思考であること」に気づき、

それが「たんなる思考」であるかぎり、

信じるに値しないことを思いだしたいのですが、

過去の習慣から、すぐには、そうできるようになるものではありません。




このため、私たちはしばらく時間が経過したあとで、

思考が起こり、思考に巻き込まれていたことに気づきます。




私たちは、何度も注意しあっているにもかかわらず、

しばらく「思考に巻き込まれていた」ことで、

ふたたび、それを責める思考の虚偽を見破ることができずに、自分を責めます。




これが思考の策略です。




思考の観察を忘れたことで自分を責めること、

思考の観察が進行していないと自分を責めること、

これさえも、思考であることに気づけるようになることで、

思考観察はさらに進展していくようになるでしょう。




つとむさんはつぎのように書いています。




一時期、観察することを忘れてしまう自分を

責めてしまう私がいましたが、

それも大いなる存在の意志で起きたことと思うと、

何も責めることがなくなります。

それに気付いて観察しようと努力しようと

思考が出るのも、私の意志ではない。

その時の安心と楽な感覚が

サレンダーなのかと感じてます。




で、このサレンダーの感覚時が、

正に観察意識になっている

自分に気付きました。






このような経験をとおして私たちは、

思考とは、信じるに値しない虚偽であることを

体験的に理解していきます。




そしてそのような経験を積み重ねて、

体験は確信されるようになっていきます。




> 思考なんて、信じるに値せず、

> それに従わないほうが自分に利益があることがわかるのですから。




本当にそうでした。。。




昨日から今朝にかけ、苦手な思考に焦らされてしまい、

無駄な労力を使う羽目となってしまいました(汗)

しかし「やっぱり虚偽だった!」という気づきも得られました。


こういうことの積み重ねですね。






思考からはなれた視点が定着するまでは、

自分の成長を俯瞰的に見ることができずに、

つねに思考の虚偽と隣り合わせであるため、

不安のなかでの観察になるかもしれません。



けれども、私たちの目的は「思考に気づく」ことです。



その「不安」さえもが、

たんなる思考であることに気づきたいだけなのです。




私自身は思考に巻き込まれたり、同じ所でつまづいて

ループしてたりと思える時がいまだあります。

しかしシリーズを読んでいて、自分はループしているのではなく、

螺旋階段を昇るように一歩一歩前進しているとわかりました。


そして昨日など、今までなら焦りと緊張で

憂鬱になる出来事があったのですが、

「ラジオうるさいなー」くらいの感覚でした。

私の考え方、人生、変わったなと思いました。






つとむさんとおなじように、自分では気づきにくいことではありますが、

思考観察をはじめられて、不快の虚偽が見破られはじめているとしたならば、

それはかならず成功するでしょう。




もしも「不快の虚偽が見破られる」ことなく、

思考からはなれた「快」が感じられていないとしたならば、

「思考を観察する」という思考と同一化している可能性があります。




その場合は、それが、「思考であること」に気づき、

「気づいている自分」とともにあるように注意してください。




私たちは、「思考を観察する」という行動を起こそうとしていのではありません。

私たちは、「思考に気づいている状態でありたい」だけなのです。




思考とは抵抗です。

「思考に気づいている状態」は、

思考にさえもサレンダーな状態をいいます。




思考が起こることは悪いことではない。

ただそれが思考であることに気づいていること、

無意識に思考に翻弄されるのではなく、

思考が起こっていることにただ気づき、

それはいいものでも悪いものでもなく、

自分とは関係のないところで、

ただ、とおりすぎるものであることに気づいていたい

ということなのです。




以前から「自由意志はない」や「サレンダー」などの

キーワードは知っていましたが、

観察意識の中で洞察が深まり、体感としてすべてが繋がり、

「起こることはすべてあるがまま」を理解しました。





自分がいるように思わされていた。

自分がすべてやっていたつもりになっていた。





だから何もせず、全てお任せでいいんだ。

私は何もする必要はないんだ。




これまでも、そしてこれからも、

私はただただ観てるだけでいいんだ!!




この時、近所のドブ側のせせらぎも、飛んでいる鳥の鳴き声も、

そして私と思えるものも、すべて「それ」であると気付き

とても感動したのを覚えています。




この後も自我に翻弄されることもありましたが、

私のすべてを「それ」にゆだねると、

自然と観察意識になっていることに気付きました。

つまり思考観察=サレンダー(ゆだね)であると。






不快とは、思考の虚偽とともにあるサインです。

不快の虚偽が見破られたところには、

あるがままへのサレンダーが残ります。




つとむさんは、「思考観察」でつまずいていらっしゃる方に、

つぎのようなアドバイスを、コメント欄より発信してくださいました。




「思考観察がたまにできなくなる」

「体験の主体がよくわからない」という方もおられますが、

できなくなるのも、よくわからないのも、

自分の努力が足りないから、という訳ではありません。

それが「あるがまま、起きたこと。」だと理解しています。




なので自分を責めずに、冷静にそんな自分を観てみて下さい。




もしくは「私がわからないのも、私が起こしたことではないし、

こうなるようにプログラムされてたんだなー。

そしてこのように思考していることも…。

なら仕方ない。

このあとは全て任せます。」と完全に思えた時、

自分の視点を意識してみて下さい。




何かの参考になれば幸いです。






つとむさん、ありがとうございました。




思考観察をはじめられて、変化を感じられた方、

思考からはなれた視点が定着された方は、

ぜひご報告いただけましたら、幸いです。




苦労話やそのコツなど、

思考観察で、つまづかれている方たちにも

より伝わりやすい方法をいっしょに探していきましょう。




これによって、現代進行しつつある、

人類の進化に貢献することができるのですから!




*Information*


*『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』ナチュラルスピリット刊、好評発売中!



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つとむさんの思考観察記録(9)「否定しなければ、楽」―ただそれを体験するだけ

03-25(月)12時25分
こんにちは、やまがみてるおです。

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「つとむさんの思考観察記録」は、読者のつとむさんの、

昨年(2012年)12月から思考観察を本気ではじめられて以降、

ご自身に現れた目覚しい変化が、コメント欄に記録されていましたので、

これがほかの読者の方の役に立つのではないかと記事にまとめているものです。




「つとむさんの思考観察記録」をはじめて読まれたかたは、

こちらからお読みください。




何度もお話しますが、

「頭のなかに思考が起こる」→「それに気づく」 それだけが重要です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月14日 つとむさん


近頃は小さいながらも気付きが多くなり、

自分でも変わりつつあるという実感があります。


特に今まで癖でもあった、人を批判し続ける思考自体が激減し、

出てきても取り合う必要がないことに気付きました。


つまりストレスが減りました(笑)

このまま観察を続けていこうと思います!!



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

思考観察をはじめられ、

そこから得られる効能(ストレスの減少)が

実感されるようになりはじめると、

私たちはそれを自然に選ぶようになっていきます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月23日 やまがみてるお


こんにちは。


> 近頃は小さいながらも気付きが多くなり、

> 自分でも変わりつつあるという実感があります。


思考からはなれた視点から観察をつづけると、

自然に変化が起こります。


> 特に今まで癖でもあった、人を批判し続ける思考自体が激減し、

> 出てきても取り合う必要がないことに気付きました。

> つまりストレスが減りました(笑)


これまでは勝手にストレスをつくりあげ、

勝手に苦しんでいただけなのですよね!

気づき(体験)が、自然に変化をもたらします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

12月9日、つとむさんは、思考観察に意欲を感じられ、

その後、観察を試みられるようになりました。


2ヶ月の経過で、それまでの自分には、

人を批判するという思考癖があったことや

それが激減していることに気づかれたときのコメントです。


けれども、思考観察をすることで、

快の出来事だけが起こるようになるわけではありません。


それまでは思考によって、「不快」だと判断されていたような出来事さえも、

思考の観察によって、その虚偽が見破られることによって、

「不快」と判断されることが少なくなっていくおかげで、

そこに「快」が残るようになります。


以下は、「つとむさんの観察記録の記事(2)」に対する、

つとむさんの回想コメントです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月23日 つとむさん


そうでした。


思考観察をすれば即、快が得られると誤解をしていた時です。

起こるがまま、あるがままの事象を、

快を獲ようと自力でコントロールしようとする思考に

この時は気付いていませんでした。


快を感じた。

不快を感じた。


これらはあるがまま、起こるがままの事象。


それをコントロールしようとして

出てくる思考もあるがまま、起こるがまま。


さらに言うなら「コントロールしようとしている!


観察しなくちゃ!」と気付いた思考もあるがまま、起こるがまま。


それら宇宙そのものの、表面的なあらわれを、

淡々と「何もせず、ただ観ている」視点。


それが思考観察かと現在理解しています。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月23日 やまがみてるお


> 思考観察をすれば即、

> 快が獲られると誤解をしていた時です。

> 起こるがまま、あるがままの事象を、

> 快を獲ようと自力でコントロールしようとする思考に

> この時は気付いていませんでした。


逆にいうと、起こるがまま、あるがままに、抵抗しないから、

快になる、という単純なことなのですが、起こるがまま、

あるがままをそのまま受け入れることができずに、

抵抗するから、不快を感じるということなのですよね。


ああ、なんてシンプルなのでしょうか。


> 快を感じた。

> 不快を感じた。

> これらはあるがまま、起こるがままの事象。

> それをコントロールしようとして出てくる思考も

> あるがまま、起こるがまま。

> さらに言うなら「コントロールしようとしている!

> 観察しなくちゃ!」と気付いた思考も

> あるがまま、起こるがまま。

> それら宇宙そのものの、表面的なあらわれを、

> 淡々と「何もせず、ただ観ている」視点。

> それが思考観察かと現在理解しています。


まさに、そのとおりですね。


「何もせず、ただ観る」→「何も否定していないので、不快がなくなる」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年2月24日 つとむさん


補足頂いてありがとうございます。

「不快な思考に惑わされなくなると快が訪れる。」

この快が私達の本来あるべき姿なんですね。

その快も、外側の事象に反応して思考が作り出した快ではなく、

静寂の中にある無条件の安心感とも感じられます。

この状態を感じられるようになれたとは本当に自分でも驚きです!

これも、いつもご丁寧なアドバイス、

フォローを下さったやまがみさん、

またコメント欄の皆さんのおかげです。

本当にありがとうございます。


しかし、まだまだ私の思考観察は続きます!

やっと面白くなってきた所なのです!(笑)



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


思考観察をはじめても、最初のうちは思考が、

自分(思考)の利益のためにこれをおこなおうとします。


けれども不快が起こる理由が理解されてはじめて、その理由が手放され、

このためにそこに快が残ります。


思考観察をはじめると、数ヶ月で、このような認識に至ります。


そうすると、自分を苦しめていた思考癖に気づき、

そこからはなれることができるようになります。


つまり、ストレスが激減します。



「近頃は小さいながらも気付きが多くなり、

自分でも変わりつつあるという実感があります。

特に今まで癖でもあった、人を批判し続ける思考自体が激減し、

出てきても取り合う必要がないことに気付きました。

つまりストレスが減りました(笑)

このまま観察を続けていこうと思います!!」 byつとむさん


あとは、定着まで、つづけるのみです。




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Author:やまがみてるお
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誰でも「悟り」プロジェクト主催

さとりとは
人間にとって
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子どものころ、私たちは
自然にさとりの意識状態で
起こるできごとを
楽しんでいました。

さとりは
むつかしいもののように
感じられているかも
しれませんが
そうではありません。

さとりとは
自分にとっての
自然な状態に戻ること。

自然の、ありのままの自分を
とりもどしましょう!

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